年度ごとに改定されている「年金額」。物価上昇などといった経済状況の変化に対応し、その価値を維持することを目的として「改定率」に基づく見直しが毎年度行われています。2025年度の年金額は前年の物価上昇を受けて増額したものの、マクロ経済スライドによる調整によって実質的には目減りとなりました。本稿ではニッセイ基礎研究所の中嶋邦夫氏が、年金額改定のルールのなかから、受給者世代だけでなく現役世代にも大きな影響を与える「マクロ経済スライドによる調整(年金財政健全化のための調整)」導入の経緯とその意義について詳しく解説します。
将来世代の給付低下を抑えるため少子化や長寿化に合わせて調整-年金額改定の意義と2026年度以降の見通し(2) (写真はイメージです/PIXTA)

年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)に期待される効果

3|仕組みの詳細:年金財政を単純化して考えると、改定率=賃金変動率+調整率となる

具体的な仕組みは、図表3のとおりである。少子化によって現役世代が減少した影響は、短期的な変動による影響を軽減するため、公的年金加入者数の変動率の2~4年度前の平均が用いられる5。受給者の長寿化についても、感染症の大流行などでの短期的な変動による影響を避けるため、導入当時の将来推計人口における平均余命の延びを考慮して設定された率が用いられる。

 

5 前年度の公的年金加入者数の変動率が参照されないのは、改定率を決定する時点(改定率が適用される前年度の1月)では前年度が終わっておらず、判明する直近の公的年金加入者数の変動率が2年度前のものになるためである。

 

(注)年金財政健全化中の年金額の改定率全体は、本来の改定率+年金財政健全化のための調整率(図表1)。
[図表3]年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)の原則 (注)年金財政健全化中の年金額の改定率全体は、本来の改定率+年金財政健全化のための調整率(図表1)。

 

この仕組みの意義は、単純化した年金財政で考えると大まかに理解できる。年金財政を単純化して、保険料収入と年金給付費だけを考える(図表4)。保険料収入は、加入者(被保険者)の人数とその給与に保険料率を掛けたものになる。一方、年金給付費は、受給者の人数と1人当たりの年金額を掛けたものになる。この両者がバランスしていれば、年金財政は安定しているということになる。これを変化率で考えてみると、保険料収入では、保険料率は2017年度から固定されているため、加入者数の増加率と賃金の上昇率が収入の増え方に影響することになる。支出は、受給者の増加率と、年金額の変化すなわち年金額の改定率に影響を受ける。

 

[図表4]単純化した年金財政で考える、年金財政健全化のための調整率のおおまかな意味合い

 

図表4の3番目の式を「年金改定率=」という形で組み替えると、図表4の4番目の式になる。つまり、年金改定率は、賃金の上昇率に、加入者数の増加率から受給者の増加率を引いたものを加える、ということになる。ここで、受給者数の増加率は引退世代の寿命の伸び率に近いと考えることができる。すると、年金改定率は、賃金上昇率に、加入者数の増加率と引退世代の寿命の伸び率の差を加えることになる。このうち、賃金上昇率が本来の年金改定率であり、加える部分が年金財政健全化のための調整率(マクロ経済スライドのスライド調整率)に相当する。加入者数の増加率は少子化の影響で基本的にマイナスになるので、年金財政健全化のための調整率(マクロ経済スライドのスライド調整率)は基本的にマイナスになる6

 

6 年金財政健全化のための調整率(マクロ経済スライドのスライド調整率)は、少子化の影響で基本的にマイナスになるが、60歳以上の就労(厚生年金への加入)の増加などで公的年金の全被保険者(加入者)数の増加率(2~4年度前の平均)が+0.3%以上になった場合には、調整率がプラスになる。2016年の法改正では、調整率が2018年度以降にプラスになる場合はゼロとする(すなわち年金額を増やす方向のマクロ経済スライドの調整は行わない)という規定が追加された。

 

4|もう1つの効果:世代間の不公平を改善

この年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)には、世代間の不公平を改善するという側面もある。

 

図表2左のように、2004年改正前の制度は、少子化や長寿化が進むと将来の保険料を引き上げる仕組みであった。既に年金を受け取っている世代は保険料を払わないため、いわば勝ち逃げのような状態になり、その分を将来の加入者が高い保険料として負担する、という構造になっていた。しかし、2004年改正後は、既に年金を受け取っている世代も本来の改定率から調整率が差し引かれる形で少子化や長寿化の影響を負担している。その分だけ、改正前の制度よりも将来世代の負担が軽くなる。

 

世代間の不公平が完全になくなるわけではないが、改正前の制度と比べれば不公平が縮小する仕組みになっている、と言えよう。