老後の安心を得るために、年金の受給開始時期を遅らせて受取額を増やす「繰下げ受給」。受取額が大幅に増額されるこの制度は、長生きリスクへの備えとして非常に魅力的に映ります。しかし、目先の増額率だけに囚われると、かえって大きな損失を被る可能性も。ある男性のケースをみていきます。
「なぜ、繰下げ受給なんてしたんだろう…」年金月25万円に増えたはずの72歳・男性、病院のベッドで“悔し涙を流した”ワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

実は繰下げ受給は「少数派」。冷静な判断を

厚生労働省『令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』によると、厚生年金(第1号)受給者の平均年金月額は、基礎年金を含めて15万1,142円。また65歳以上・男性の厚生年金受給権者に限ると、月額17万3,033円となっています。

 

年齢別の平均受取額をみていくと、65歳以上は月14万円台後半~16万円といったところ。年齢が上がるにつれて平均額は増えていく傾向にあります(関連記事:『【早見表】年齢別「年金平均受取額」』)。

 

65歳から年金を受け取らず、70歳で受け取ったら、つまり、年金の繰下げ受給を選択したら、65歳で受け取るよりも42%ほど受取額が増えます。しかし同調査によると、実際に繰下げ受給を選択している人は、厚生年金受給権者のわずか1.9%。およそ50人に1人という水準です。

 

かなり少数派の選択肢ではありますが、その割合は少しずつ増えています。ただ爆発的に増えないのは、佐藤さんが痛感したように、健康寿命との兼ね合いがあるからでしょう。仮に70歳まで繰下げたとしても、病院知らずでいられる期間は平均であと数年ほどかもしれません。それであれば、65歳から受け取って有効に使ったほうがいいという判断も多いのです。

 

また、老齢厚生年金を繰下げ受給すると、その間(65歳から受給開始までの間)、加給年金は全額支給停止となります。 たとえば、夫が65歳、妻が60歳の場合、夫が年金を65歳から受け取れば、妻が65歳になるまでの5年間、夫の年金に毎年約40万円が加算されます。5年間で総額約200万円です。

 

しかし、夫が「年金を増やそう」と70歳まで繰下げを選択すると、その待機している5年間、加給年金は支給されません。さらに繰下げ受給を開始しても、加給年金分は増額されないうえに、あとから遡って受け取ることもできません。つまり、繰下げ待機期間中の加給年金は、ただ単に「もらい損ねて消滅する」ことになります。

 

佐藤さんのように5歳差の夫婦の場合、5年間の繰下げを選択すると、本来もらえるはずだった約200万円の権利を、丸ごと放棄することと同義になってしまうのです。

 

繰下げによって年金の月々の受取額が増える代わりに、思わず「損した!」と思ってしまうことがいろいろ。それらを納得したうえで、繰下げを選択するかを決めることが大切です。

 

[参考資料]

厚生労働省『令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』