(※写真はイメージです/PIXTA)
「母を辞める」と決めた日
佐藤和子さん(75歳・仮名)は、築40年の一戸建てで一人息子と暮らしています。息子の健太さん(50歳・仮名)は、15年前に勤めていた会社を退職しました。うつ病と診断され、療養を優先するためだったといいます。
「最初は仕方ないと思っていました。ゆっくり休めば、また働けるようになると」
夫が50代で亡くなってから、和子さんはパートを続けながら収入を得て、その後は月約12万円の年金で生活しています。そのうち5万円を健太さんに渡す生活が、かれこれ10年以上続きました。
「お金を渡すようになったのは、だんだんと体調が戻ってきたころから。まだ働きたくても働けない、でもお金は必要だろうと思って、都度渡すようになったんです。そのうち、月5万円を“お小遣い”として渡すようになりました」
現在、健太さんはたまに通院しながらも、再就職はしていません。昼夜逆転の生活が続き、家事はほとんど和子さんが担っています。
「ごはんは?」と和子さんが声をかけると、「あとで」と短い返事が返る。食卓を囲むことは、ほとんどありません。和子さん自身も「この子は病気だから」と自分に言い聞かせてきたといいます。
転機は、和子さんが体調を崩して入院したときでした。2週間の不在中、健太さんは洗濯物をため込み、公共料金の支払いも滞りました。
「退院して家に戻ったら、郵便受けに督促状が何通も入っていて。ああ、このままだと私がいなくなったら、この子は立ち行かないんだと痛感しました」
退院後、和子さんは地域包括支援センターに相談しました。担当者から提案されたのは、自身がサービス付き高齢者向け住宅へ移る選択肢でした。
「最初は逃げるみたいで嫌だった」と和子さんは語ります。しかし、自分が実家にいる限り、健太さんは甘えてしまう。共倒れを避けるためにも、たったひとつの選択肢だと考えるようになったのです。
ある晩、和子さんは健太さんに向き合いました。
「もう、お母さんを辞めるわ。私は出ていくけど、あなたはここに住んでいていい。でも自分のことは自分で何とかしなさい」
健太さんは驚いた顔で黙り込み、声を荒らすことはありませんでした。和子さんは、自分でも驚くくらい、淡々とした口調だったと振り返ります。
「心配はあります。でも、私がいなくなってから慌てるより、今のほうがいい」
現在、和子さんは有料老人ホームに入居。自宅は健太さん名義に変更する予定です。もちろん、生活費の援助は打ち切っています。