高齢者の住まいとして存在感が増している「老人ホーム」。入居が決まったとき、多くの家族は安堵し、そこで「ゴール」したかのように錯覚します。しかし、老人ホームへの入居は、あくまで新しい生活のスタートに過ぎません。入居時には完璧に見えても、時間の経過とともに綻びが出ることもあります。一度は手に入れたはずの安住の地を去らなければならない、または自ら去る決断をすることも珍しくはありません。今回紹介するのは、老人ホームの経営母体の変更により退去を検討している母娘のケースです。
まずい…82歳母が入居する月額25万円の老人ホーム、自慢の食事がコストカット。施設長も料理長も消えた、買収劇の「残酷な現実」 (※写真はイメージです/PIXTA)

過去最多の倒産件数。介護業界で進む「淘汰」と「再編」の波

老人ホームにおいて、入居中に運営会社が変わるケースは決して珍しいことではありません。背景にあるのは、介護業界を取り巻く厳しい経営環境です。

 

東京商工リサーチによると、2024年の介護事業者(老人福祉・介護事業)の倒産は、過去最多の172件と、前年比40.9%増を記録。訪問介護が過去最多の81件、デイサービスは56件、有料老人ホームは過去最多の18件だったといいます。

 

倒産や事業譲渡が増加している主な要因は、「物価高」と「人手不足」です。食材費や光熱費が高騰する一方で、介護報酬は公定価格であるため、コスト増を価格に転嫁しにくい構造があります。さらに、深刻な人手不足により採用コストも嵩んでおり、体力のない小規模事業者は経営が立ち行かなくなっています。

 

その結果、進んでいるのがM&A(合併・買収)による業界再編です。資金力のある大手チェーンが、経営難に陥った小規模施設や、後継者不足の施設を次々と買収しています。

 

利用者にとって、買収により施設の存続が守られる点はメリットといえます。しかし、買収する側(大手)は、利益を出すために効率化を最優先します。田中さんのケースのように、食材の大量一括購入やセントラルキッチン化、人員配置の見直しによる人件費削減が行われるのは、経営合理化の定石です。

 

アットホームな小規模施設が大手チェーンの傘下に入った途端、画一的なサービスに置き換わってしまう現象は、こうした業界構造の変化が深く関係しています。老人ホーム選びの際は、運営会社の経営体力や、将来的な事業承継の可能性まで視野に入れることが、リスク回避の重要な視点となりつつあります。

 

[参考資料]

東京商工リサーチ『2024年「老人福祉・介護事業」の倒産調査』