高齢者の住まいとして存在感が増している「老人ホーム」。入居が決まったとき、多くの家族は安堵し、そこで「ゴール」したかのように錯覚します。しかし、老人ホームへの入居は、あくまで新しい生活のスタートに過ぎません。入居時には完璧に見えても、時間の経過とともに綻びが出ることもあります。一度は手に入れたはずの安住の地を去らなければならない、または自ら去る決断をすることも珍しくはありません。今回紹介するのは、老人ホームの経営母体の変更により退去を検討している母娘のケースです。
まずい…82歳母が入居する月額25万円の老人ホーム、自慢の食事がコストカット。施設長も料理長も消えた、買収劇の「残酷な現実」 (※写真はイメージです/PIXTA)

「手作りの食事が決め手だったのに」買収で一変した老人ホームの日常

「母には少しでも美味しいものを食べて、穏やかに過ごしてほしかったんです。まさか、経営が変わるだけであんなことになってしまうなんて……」

都内在住の会社員、田中由美さん(52歳・仮名)。認知症の症状が出始めた82歳の母・良子さん(仮名)を、ある有料老人ホームに入居させた経緯と、その後の「変貌」について語ってくれました。

 

母の入居を検討し始めたのは、実家で鍋を焦がすボヤ騒ぎがあったことがきっかけです。父はすでに他界しており、良子さんのひとり暮らしは限界でした。由美さんにも仕事があり、同居して介護をする余裕はありません。良子さんの安全を考え、施設を探すことにしました。

 

インターネットの検索サイトや役所の窓口で情報を集め、実際に見学したのは5カ所ほど。最終的に選んだのは、自宅から車で30分ほどの場所にある、全30室ほどの小規模な介護付有料老人ホームでした。

 

決め手になったのは「家庭的な雰囲気」と「食事」です。大手のような豪華なエントランスはありませんが、元看護師だという施設長が、入居者一人ひとりの顔を見て話しかけている姿が印象的でした。
また、厨房で手作りしている食事が評判で、見学時に試食させてもらった煮物がとても美味しかったのです。「ここなら母も馴染める」と直感し、月額費用は約25万円と予算ぎりぎりでしたが契約を決めました。

 

入居当初、良子さんはとても穏やかでした。面会に行くと、「今日のお昼は天ぷらだったのよ」などと嬉しそうに話してくれたり、スタッフも良子さんの細かな変化を由美さんに報告してくれたりしていたといいます。

 

雲行きが怪しくなったのは、入居から1年ほど経ったころ。施設から「経営統合のお知らせ」という封書が届きました。説明会では「運営母体が大手グループに変わりますが、サービス内容は変わりません」と言われ、その場は納得したという由美さん。しかし変化はすぐに訪れました。

 

まず、あの優しかった施設長が辞めました。「新しい方針と合わない」と漏らしていたそうです。さらに、厨房のスタッフも総入れ替えになり、食事が明らかに変わりました。良子さんに聞くと「味がしない」「冷たい」とこぼしていたといいます。面会の際に食事の様子をちらっと見ると、確かに以前のような手作りの温かさはなく、湯煎した業務用パックを皿に移しただけの料理が並んでいました。

 

職員の数も減ったのか、ナースコールをしてもなかなか来てもらえないと母が嘆くようになりました。以前いたベテラン職員たちの姿はなく、派遣やパートと思われる不慣れなスタッフが多くなりました。顔なじみがいない不安からか、母は部屋に引きこもりがちになり、笑顔も消えてしまいました。

 

月額費用は変わらないのに、質だけが下がっていく――これ以上、母をここに置いておくことはできないと判断し、別の施設への転居を計画しているといいます。