久しぶりに帰省した実家で、母と親しげに談笑する見知らぬ男。一見すると礼儀正しく親切なその振る舞いの裏には、ある恐ろしい狙いが隠されていた……。離れて暮らす高齢の親と、その子。不安や心配が色々とあるでしょう。ある親子のケースを見ていきます。
あんたより、ずっと親切よ…53歳息子の忠告を一蹴する83歳母。実家を喰い物にする「黒スーツの男」、恐ろしい正体 (※写真はイメージです/PIXTA)

「不用品回収」を名乗る男の不審

「母の様子がおかしいと感じたのは、電話での声が弾んでいたからです。昨年、父が亡くなってから塞ぎ込みがちだったのに、『最近、お友達ができて』と。てっきり近所の茶飲み友達かと思っていたのですが……」

 

実家での出来事を振り返る、田中健二さん(53歳・仮名)。実家は、都心から電車で1時間ほどの郊外にある一軒家。現在は母親の田中律子さん(83歳・仮名)が1人で暮らしています。

 

ある週末、健二さんが事前の連絡を入れずに実家へ帰ると、玄関には見知らぬ革靴が揃えてありました。居間に入ると、黒スーツを着た30代半ばの男が、律子さんと談笑しています。男は健二さんの姿を見るなり、少し慌てた様子で立ち上がり名刺を差し出しました。

 

「初めまして。お母様の生前整理をお手伝いしております、株式会社XXの佐藤と申します」

 

名刺には「不用品回収」「遺品整理アドバイザー」の肩書き。しかし、健二さんはすぐに違和感を覚えました。名刺にある会社の住所が、都内の一等地であるにもかかわらず、電話番号が「090」から始まる携帯番号しか記載されていなかったからです。

 

「母に、何を頼んでいるのか尋ねると、着なくなった服や古い食器を買い取ってくれる、今日もわざわざ来てくれた、と上機嫌に教えてくれました」

 

しかし部屋の状況は奇妙でした。回収業者が来るはずなのに、玄関先にまとめられた古新聞や段ボールには手がつけられていません。それどころか、テーブルの上には、普段は奥の和室にしまってあるはずの「桐箱」や、父親が生前集めていた「古銭のアルバム」が広げられていたのです。

 

健二さんは男の視線に気づきました。男は律子さんと話しながらも、その目は絶えず部屋の奥、仏壇の引き出しや、サイドボードの裏側などを物色するように動いていたのです。

 

「私が訝しそうに男を見ていると『今日はお見積もりだけなので、失礼しますね』と、愛想笑いを残して帰っていきました。やはり怪しいのでその場で色々と調べてみたんです」

 

会社の住所を検索すると、そこはレンタルオフィス。さらに調べると、「押し買い」という詐欺の手口についてヒットしました。押し買いとは、一般に古物商等が相手方から買取や査定の依頼を受けることなく、不意に自宅等を訪問して貴金属等の買取を行う営業のこと。なかでも悪徳なものだと、半ば強引に何らかの品を買ったことにして持ち去ってしまうこともあるといいます。

 

「母に不用品ではなく、金目のものを探しているだけであること、携帯電話だけの名刺は怪しいこと、詐欺に近いことを伝えました。しかし、母の反応は予想外のもので『あんたはそうやって人を疑うことしかできないの! 佐藤さんは毎週来て、私の話を聞いてくれるのよ。たまにしか顔を出さない息子より、ずっと親切だわ!』と大声で怒り出して……」

 

夫を亡くした喪失感の中、孤独を埋めてくれる人を悪人だと思いたくなかったのでしょう。男は「不用品回収」を入り口に、巧みな話術で高齢者の懐に入り込み、資産価値のあるものを根こそぎ持ち去る機会を窺っていたのかもしれません。