「家に入ることができない」という親からのSOS。単なるトラブルに見えても、その裏には思いがけない「兆候」が潜んでいることがあります。ある親子のケースをみていきます。
助けて!82歳母が「家に入れない」と大騒ぎ。実家に駆けつけた55歳長女が知る「まさかの事実」 (※写真はイメージです/PIXTA)

実家からの緊急電話。「家に入れない」と訴える母

「母が家の前で立ち往生している」。そんな事態に直面し、慌てて車を走らせた日のことを、田中洋子さん(55歳・仮名)は疲れた表情で振り返ります。

 

洋子さんが急いだのは、車で1時間ほどの実家。洋子さんの母、佐藤和子さん(82歳・仮名)は、夫を3年前に亡くしてから郊外の一軒家で1人暮らしをしています。足腰は以前より弱くなったものの、身の回りのことは自分でこなしており、週末に様子を見に行くだけの距離感を保っていました。

 

しかし、ある平日の夕方、洋子さんの携帯電話が鳴りました。和子さんからです。 「洋子ちゃん、助けて! 家に入ることができないの」 受話器越しの母の声は震えており、パニック状態であることが伝わってきました。洋子さんは「鍵をなくしたの? それとも鍵穴に何か詰まった?」と尋ねましたが、和子さんは「鍵はあるの。でも開かないの!」と繰り返すばかり。

 

洋子さんはパート先から急いで実家へ向かいました。到着すると、玄関の前でパニックで騒いでいる和子さんの姿。その騒ぎを聞きつけ、近所の人も集まっています。 「お母さん、大丈夫? 鍵を見せて」 洋子さんが声をかけると、和子さんは握りしめていた鍵を差し出しました。それは間違いなく、実家の玄関キーです。

 

「これ、合ってるじゃない。どうしたの?」 そう言いながら洋子さんが鍵を鍵穴に差し込むと、スムーズに回転し、カチャリと解錠音が響きました。ドアは何の抵抗もなく開いたのです。 「えっ、開くじゃない。お母さん、どうやったの?」

 

洋子さんが振り返ると、和子さんはキョトンとした顔で、信じられないことを口にしました。 「あら、開いたの? おかしいわね。だってうちの玄関は、横にガラガラと引く戸でしょう? これ、押しても引いても動かなかったから……」

 

その言葉を聞いた瞬間、洋子さんは背筋が凍る思いがしたといいます。 実家の玄関は、かつては和子さんの言う通り「引き戸」でした。しかし、和子さんが将来車椅子になっても出入りしやすいようにと、わずか半年前にバリアフリーリフォームを行い、軽い力で開閉できる「断熱ドア(開き戸)」に変えたばかりだったのです。

 

「半年前にリフォームしたことを伝えましたが、母は『ああ、そうだったかしら……』と曖昧に笑うだけでした」 鍵が開かなかった原因は、鍵の不調でも紛失でもありません。母の記憶から「リフォームした事実」が抜け落ち、目の前の新しいドアを「自分の家ではない」、あるいは古い記憶にある「引き戸の開け方」で開こうとしてパニックになっていたのです。