定年退職を機に始まる第二の人生。 そのタイミングで、長年の夫婦関係に区切りをつける「熟年離婚」を選ぶ夫婦も少なくありません。 離婚件数全体が減るなかでも、熟年離婚は高い水準で推移しています。 彼らが新たな人生のステップとして、次に何を求め、どう行動しているのか。 ある男性のケースをみていきます。
〈退職金2,800万円〉60歳定年男性、大きな花束を抱えて帰宅。引き出しから取り出した「妻からの離婚届」に判を押し、早々に取り掛かったこと (※写真はイメージです/PIXTA)

別居3年、財産分与も済ませて

後藤健一さん(60歳・仮名)は、この春、勤続38年の大手メーカーを定年退職しました。 最終出社日、彼は大きな花束と記念品を抱え、感慨に浸りながらも、どこかスッキリとした表情で会社の門を出たといいます。

 

「長かったです。ずっと働いてきた会社を去る寂しさはありましたが、無事に勤め上げたという達成感も大きかったです」

 

健一さんが帰宅したのは、3年前に借りた都内のワンルームマンションです。 妻である美佐子さん(58歳・仮名)が暮らす自宅には、この3年間、ほとんど足を運んでいません。

 

「いわゆる『家庭内別居』が長く続き、子どもたちが独立したのを機に、今から3年前に私から家を出ました。もう夫婦関係は完全に冷え切っていましたから」

 

帰宅した健一さんは、スーツを脱ぎ、花束を無造雑にテーブルに置くと、机の引き出しの奥から1通の封筒を取り出しました。 中身は、妻の署名・捺印がされた離婚届です。

 

「すでに離婚前提に財産分与の話はすべて済ませてあります。自宅は妻へ。預貯金は折半。私の退職金2,800万円についても、法律で定められた分与額を計算し、支払うことで合意していました。いつ提出するか……それはふたりで、私の定年退職を機に、と決めていました」

 

健一さんは、ためらうことなく自身の欄に署名し、判を押しました。 その足で、夜間受付の役所へ向かい、離婚届を提出。 受理された瞬間、「これで本当に第二の人生が始まるんだ」と実感したそうです。 その場で「元妻」に離婚届を提出した件をメッセージし、マンションに戻った彼が真っ先に取り掛かったこと。 それは、スマートフォンの画面を操作し、あるアプリをインストールすることでした。

 

「マッチングアプリです。いわゆる出会い系ですね。笑われるかもしれませんが、同年代の友人も使っていて『結構、いいんだよ』と。私はまだ人生を終えたつもりはないんですよ」

 

健一さんによれば、別居期間中から、離婚後の人生をどう過ごすか考えていたといいます。 趣味の釣りや登山も続けますが、「やはり、誰かと一緒に食事をしたり、他愛のない話をしたりするパートナーが欲しい」という思いが強くなったとか。

 

「70歳、80歳と年を重ねたときのことを考えると、元妻とは無理でしたが、やはりパートナーがほしいと思いました。この年齢です。茶飲み友だちみたいな人のほうがいいです。同じような境遇の人や、趣味の合う人、一緒に笑いあえる人……そういう人が見つかればと思って、定年退職と離婚を済ませたこの日を、再スタートの日に決めていたんです」