奨学金という名の「借金」を背負って、社会人生活をスタートさせる若者が後を絶たない。学費高騰などを背景に、学ぶための負債は一般化している。だが、その返済負担が若者のキャリア選択を制限している実態は、個人の努力で解決できる問題ではなく、社会全体の構造的な課題となっている。本記事では、アクティブアンドカンパニー代表の大野順也氏が、31歳女性の事例とともに、広がる教育格差の現状と、奨学金制度が抱える課題に迫る。
「かわいそうな子」と憐れまれた少女時代…母子家庭で育った年収450万円・31歳NPO職員、“600万円の借金”を背負うきっかけとなった〈高校2年の担任からのひと言〉 (※写真はイメージです/PIXTA)

担任に背中を押され猛勉強…「奨学金制度」で総額600万円を借り、大学院へ

通っていた高校では専門学校や就職を選ぶ生徒が多かったが、Aさんは「肉体労働の仕事だけは避けたい」と考え、オフィスワークができる職を目指した。成績は上位で、大学進学も視野に入れていたが、経済状況から現実的ではないと思い、当初は担任の先生にも「卒業後は働く」と伝えていた。

 

しかし、Aさんの家庭の事情を理解していた担任は、「奨学金を借りれば学費はなんとかなる。せっかく力があるんだから挑戦してみよう。先生もサポートするから」といってくれたという。

 

その言葉に背中を押され、Aさんは高校2年生のときに覚悟を決めた。平日も休日も図書館に通い、机にかじりつくように勉強。そして、奨学金制度や地方出身者への支援が手厚い関東の私立大学を選び、AO入試で合格を掴んだ。日本学生支援機構の貸与型奨学金を4年間で約480万円、さらに大学独自の給付型奨学金約250万円を受けた。

 

もっと学びたいと思ったAさんは大学院へ進学し、子どもの貧困やジェンダーの課題について研究を続けた。進学時には、奨学金を追加で約190万円借りた。貸与総額は約600万円。経済的な理由で進学を諦めることはしないと決めていたAさんだったが、卒業と同時に始まる月約4万円の返済には、不安を感じていたという。

31歳、奨学金返済はまだ続くが“悔いなし”

現在31歳のAさんは、子ども支援を行うNPO法人に勤務している。年収は約400万円、副業として児童館で働き年収約450万円を維持しているが、決して余裕があるわけではない。

 

「同世代の友人には、年収1,000万円を超える人もいる。でも私は、かつての自分のように孤独を感じ、傷ついている子どもを支えたい。その子たちが『自分らしく生きていいんだ』と思えるようにしたいんです。それが過去の自分を救うことにもつながっているように思うんです」

 

奨学金の返済はまだ続いているが、後悔はないという。

 

「奨学金がなければいまの自分はいない。だからこそ、家計の事情で教育の機会を奪われてはいけない。子どもの貧困をなくすことが、未来の日本を支えることにつながる。そのためには、貧困の連鎖を断ち切る支援を社会で整えなければならないと思います」

 

Aさんは自分の体験を使命感に変え、今日も現場で子どもたちと向き合っている。