奨学金を借りることは、親に頼らず「自立した社会人になるため」の第一歩だった──。そう前向きに捉える学生がいる一方で、その返済が彼らの未来の選択を狭める厳しい現実も無視できない。本記事では、アクティブアンドカンパニー代表の大野順也氏がAさんの事例とともに、奨学金を背負った若者の実態に迫る。
奨学金がなければ、いまの自分はなかった…初任給25万円で返済額は月3万円、〈借金〉に身震いする不安。それでも「後悔はない」と語る都内私大卒男性の本音 (※写真はイメージです/PIXTA)

心の支えを失った日、心理学への道が始まった

東京出身、都内の私立大学に通っていたAさん。高校卒業後に一年間の浪人を経て、心理学を学ぶために大学へ進学した。

 

浪人を決めた年、祖父が亡くなった。穏やかだった家庭の雰囲気は一変し、Aさん自身も精神的に不安定になったという。家族の中にも動揺が広がるなかで、「人の感情やケアの方法について研究したい」と考えるようになり、もともとは理系志望だったが、心理学を専攻するために文系へ進路を変更した。

 

心理学が学べる大学の中でも研究実績の豊富な都内私立大学を志望し、一生懸命勉強に励んだAさんは、翌年無事に合格を果たした。しかし、進学にあたって家庭の事情は厳しかった。Aさんは長男。妹が2人おり、父親の会社はここ数年、人手不足で経営が不安定だった。「親に学費を負担してもらうのは難しい」と感じ、Aさんは自ら奨学金を借りることを決断する。また、高校時代の同級生の多くが奨学金を利用していたことも、背中を押したという。

 

自宅浪人だったため周囲に相談できる人はおらず、自分で調べて申請手続きを行った。借入総額は553万円に上る。日本学生支援機構の貸与型奨学金の第一種と第二種を併用し、第一種(月5万4,000円・4年間)は学費に、第二種(月12万円・2年間)は父親の会社支援のために充てた。

 

また、学業と両立しながら4つのアルバイトを経験し、月5~6万円の収入を得てきた。交際費や日用品の多くは自分で賄いながら、「自立」の意識を育ててきたのである。