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収入減だけではない、「家庭内の役割」という落とし穴
定年後、初めて迎えた給与日。裕子さんに実際の振込額について話したところ、何ともキツイ言葉をもらったそうです。
「この給料で家では何もしないつもり?」
一郎さんは言葉に詰まりました。裕子さんもずっとフルタイムで働いてきました。しかし、「自分のほうが稼いでいる。家のことは妻がするのが当たり前」と考えていた一郎さん。もちろん、一家を支えている自負もあり、家事は苦手ということもあり、一切してこなかったといいます。
「これなら、私のほうが稼いでいるわ。稼いでいない人が家事をやって家を支えるべきじゃない?」
家事を一切やってこなかった一郎さんへの不満は、確実にたまっていたわけです。「まぁ、やってといっても、何もできないでしょうけど」と、最初から期待していませんと言わんばかりに、この話は終わったといいます。
厚生労働省『令和6年賃金構造基本統計調査』によると、50代後半・正社員男性の平均給与は43.9万円、年収で753.8万円。それが60代前半・非正規社員だと、月収で29.8万円、年収で460.8万円となります。60歳定年を境に月収で3割減、賞与も含めた年収だと4割減。さらに管理職で定年を境に役職から外れることになったら、この減少幅はさらに大きなものになります。
もし「家計を支えているのは自分なのだから」と家事等を軽んじているのなら、この給与減はさらに見逃せません。
総務省統計局『令和3年社会生活基本調査』によると、60代の共働き世帯においても、妻の家事関連時間は夫の数倍にのぼります。一郎さんのように、現役時代は「夫は稼ぐ役割、妻は家事も担う役割」という暗黙の分担でバランスが取れていた(と夫側が認識していた)家庭は少なくありません。しかし、夫の定年・再雇用によって「稼ぐ役割」の比重が大きく低下したとき、そのバランスは崩れます。妻側が、家にいる時間が増えた夫に対して、新たな役割、すなわち「家事の分担」を求めるのは当然の流れともいえます。
現役時代から「収入=自分の価値」という意識が強すぎると、収入が減った現実を受け入れられず、家庭内での役割シフトにも対応できないでしょう。結果として、田中さんのように妻から「存在価値」を問われる事態に陥ってしまうのです。
「稼いでいるからとふんぞり返っていたわけですから……愚かでしたね。今は、少しは心を入れ替えましたよ。やったところで、『ストレスが溜まるからやらないで!』と怒鳴られることも多いですけど」
[参考資料]
厚生労働省『令和6年賃金構造基本統計調査』
総務省統計局『令和3年社会生活基本調査』