仕事のストレス、人間関係の疲れ、将来への漠然とした不安。そんな息苦しさから、SNSでみかける「シンプルな暮らし」や「持たない生活」に憧れを抱く人は少なくありません。モノを手放すことで得られる解放感は、確かに魅力的です。しかし、そんな生活がエスカレートしていくと……。※紹介する事例は、著者である川淵ゆかりFPの過去の相談者であるA子さんから許可を得て、個人の特定を避けるため一部脚色したものです。
「ミニマリスト」の月収29万円・30歳独身女性、増え続ける通帳残高にニヤけるも…訪ねた母親も思わずあんぐり。過激な“ストイック生活”の実態 (※写真はイメージです/PIXTA)

周囲が気づくほどの変化

これらに喜びを感じたA子さんの生活は、さらに過激になっていきます。ランチはゆで卵1個と小さなサラダだけのお弁当に。夕食は「食材を多く持つのはミニマリストではない」「調理器具を汚すのは無駄だ」と考えるようになり、豆腐一丁や納豆だけ、あるいはプロテイン飲料だけで済ませる日が増えていきました。次第に、昼食をとると午後に眠気が出てきて、仕事のパフォーマンスが下がると考えるようになり、食事は1日夜に1回、それも野菜スープだけ、という日も珍しくなくなりました。

 

A子さんにとって、空腹感は「節約できている」「痩せている」という達成感の証のようでした。それはもはやミニマリストというより、節約や貯蓄、ダイエットそのものだけが目的となっていったのです。

 

テーブルも椅子もない部屋で、床にノートパソコンを置いて食事とも呼べない食事を摂る日々。気づけば腰に鈍い痛みが走るようになっていました。

 

会社では、同期のB子さんに「最近、顔色が悪いね。老けたんじゃないの?」とからかわれる始末。B子さんは、A子さんからみると無神経で言葉使いも悪いため、少し苦手なタイプです。それでも後輩などからは慕われているため、A子さんはいつも不思議で仕方がありませんでした。

 

しかし、このときのA子さんは、精神的には充実していたため、B子さんになにをいわれても、周りにどう思われようと、気にも留めませんでした。

 

実家に帰ることもなく、出費がかさむことを嫌って同僚や友人の誘いも断り続け、A子さんは気づけば誰とも話さない週末が増えていったのです。

「持たない暮らし」で失ったもの

そんなある日、A子さんは仕事後、会社のエレベーターホールでとうとう倒れてしまいます。A子さんは「大丈夫」と断りましたが、たまたま退勤のタイミングが同じだったB子さんに半ば強引に救急車を呼ばれ、病院に運ばれてしまいました。B子さんは救急車にも同乗し、人事部に手配してA子さんの母親にも連絡を入れてくれたのです。

 

病院で母親が来るまで付き添ってくれたB子さんでしたが、やはり「顔色悪いよ、痩せすぎじゃない? モテないよ〜」と、相変わらずの無神経な言葉を投げかけてきました。

 

幸い大事には至らず、診断は極度の「栄養失調」。すぐに退院できましたが、一緒に帰宅した母親は、A子さんの家具もなく壁際にノートパソコンがぽつんと置かれた部屋をみて、大口を開けて驚きを隠せない様子でした。

 

「あなた、満足に食べていないようだし、お金に困ってるの? 電話をかけても折り返してこないし、まさか誰かに騙されてるんじゃないんだろうね」と、かなり心配している様子です。

 

A子さんは母親の言葉をうるさく感じながらも、久しぶりに食べる母親の手料理と途切れないおしゃべりで、心の底から笑っている自分に気づきました。

 

そして、母親がいいます。「B子さんて、しっかりしていていい人ね。あなたのこと、本当に心配していたわよ」「おせっかいだし言葉遣いも悪いけどね。でも……頼りになるんだよね」 A子さんは、素直にそう返していました。