(※写真はイメージです/PIXTA)
「金目当てだろ!」「親不孝者!」飛び交う怒号と壊れた絆
「金目当てなのはそっちだろ!」
妹から浴びせられた言葉に、一郎さんの堪忍袋の緒が切れました。
「親父が一番大変な時に何もせず、権利だけ主張するのか! 親不孝者!」
「介護にかかった費用は、親のお金から出していたじゃない! 全部知っているんだから!」
一度噴き出した互いへの不満は、もう誰にも止められません。一郎さんが一人で背負ってきた介護の負担と孤独。友子さんが遠方で抱えていたであろう事情や、兄への嫉妬心。これまで言葉にされることのなかった長年の感情のすれ違いが、遺産分割という現実を前に一気に噴出したのです。
結局、兄妹の溝は埋まらないまま、話し合いは決裂。弁護士を立てて争うことになり、かつて仲の良かった兄妹の関係は、修復不可能なほどに壊れてしまいました。
「お金の問題じゃなかったんです。ただ、私のこれまでの苦労を少しでも分かってほしかった。妹の一言で、すべてを否定された気がして……」
このような悲劇は、なぜ起きてしまうのでしょうか。大きな要因の一つに、生前の準備不足が挙げられます。特に、故人の意思を示す「遺言書」がないケースでは、残された家族の話し合いに委ねられる部分が大きくなり、感情的な対立を生みやすくなります。
日本公証人連合会によると、公正証書遺言の作成件数は年間10万件前後で推移していますが、年間の死亡者数が150万人を超える現状を鑑みれば、遺言書を残す人が多数派とはいえない状況がうかがえます。
「家族だから話し合えばわかる」
「うちは財産がないから争いようがない」
そんな根拠のない思い込みこそが、最も危険な紛争の火種になるのです。
[参考資料]
裁判所『令和4年 司法統計』
日本公証人連合会『令和6年の遺言公正証書の作成件数について』