ヘッドハンティングを受ける人物、それは「いかなるリスクを冒してでも迎え入れたい」と企業が思うほどの人材です。今回は、サーチ・ビジネス(ヘッドハンティング)のパイオニアである東京エグゼクティブ・サーチ(TESCO)代表取締役社長・福留拓人氏が、かつての現役プレイヤー時代に経験した、まるでテレビドラマのようなスカウトエピソードをご紹介します。
「パーティ会場に潜入」「奥様に花束」「探偵と一緒に尾行調査」…元ヘッドハンターが語る「ウソみたいな人材スカウトの現場」 (※写真はイメージです/PIXTA)

「こんなことが本当に…?」あまりにドラマチックなヘッドハンティング

ヘッドハンティングとは企業側が必要な人材を「探してスカウトする」採用手法のこと。求人サイトに応募してくるのを待つのではなく、ヘッドハンター(人材紹介会社やコンサルタントなど)が転職市場や業界の人脈から“条件に合う人材”を見つけ出し、直接アプローチします。

 

企業がぜひ欲しいと思う人材を獲得する場面では、さまざまな駆け引きがつきものです。そこで今回は、私がヘッドハンターとして現役プレイヤーだった頃に経験した、非常にドラマティックなエピソードをご紹介しようと思います。中には「今の時代、そんなことはもうできないでしょう」という話も含まれています。

 

これらのヘッドハンティング(スカウト)の依頼に共通していたのは、当社との専属契約として前金でフィーをお預かりしていたこと、そして依頼内容がバイネームであったということです。

 

バイネームとは「ご指名」の和製英語です。通常、私どもの仕事は「経営幹部として優秀な人材が欲しいので、候補者のリストを作ってください」といった段階からお手伝いすることが多いのですが、今回のエピソードの場合は「〇〇に勤めている〇〇さんが優秀なので、ぜひ当社にお迎えしたい」というように、事前に企業から具体的な指名(バイネーム)がある依頼だったのです。

 

それを念頭に、さっそく5つの本当にあったエピソードをご紹介します。

Episode ①客になりすまして寿司職人をスカウト

ひとつ目は、日本の超有名店に勤める寿司職人さんのスカウトです。依頼は、シンガポール資本からで、「日本の高級店を凌駕する一流寿司店をつくりたい」というものでした。

 

連絡先も分からないまま行動調査を開始したところ、ターゲットの職人さんは、我々が接触する隙がないほど忙しいことが判明しました。当初、私は仕入れ時の時間帯を狙い、早朝の魚河岸での接触を試みましたが、仕入れ中のターゲットがあまりに殺気立っているのを感じ取り、早々に退散しました。

 

最終的には、ひとりの客として勤務先のお店に入り込み、会計時に名刺と手紙を渡す方法に落ち着きました。結果として、当初のメインターゲットにはけんもほろろに断られましたが、その後も苦労の末に確立したこの方法で数人と接触を繰り返し、見事4人目で契約が決まったのです。

Episode ②探偵事務所と組んで最寄駅で接触

次にご紹介するのは、ある半導体関連の技術者のヘッドハンティングです。会社のガードが非常に固く、手紙やメールも監視されている可能性が高く、接触は困難を極めました。

 

行動調査の結果、ターゲットは私より年上で、警戒心や猜疑心が非常に強く、行動に隙がないことがわかりました。探偵事務所による尾行調査は、ターゲットに気づかれた時点で案件が破綻することが多く、細心の注意が必要です。通常は3人一組の交代制で行います。

 

私を含めた4人で3日間尾行を続けた結果、ターゲットが自宅最寄駅の喫茶店で毎日モーニングセットを食べる習慣があることが判明。会社近くの喫茶店では上司や同僚に見られる可能性がありますが、自宅近くであればその確率は低くなります。粘り強い追跡調査の末、私はついにモーニングを食べているターゲットと接触を果たすことができました。しかし、この方は最終的に転職をせず、現職に留まったのです。

Episode ③パーティー会場に潜入してターゲットにデータを手渡し

次は、外資系ラグジュアリーブランドを展開する有名企業経営者のケースです。外国人であったため、転職への心理的ハードルは比較的低い印象がありました。しかし私は、演出効果を最大化するため、あえて謝恩会のパーティーに潜入しました。

 

パーティー会場での歓談の合間を縫い、私は小声で自分の身元と目的をターゲットに明かしました。驚くべきことに、接触後の彼の第一声は「ポジションと年収は?」でした。しかし、残念ながらポジションにも年収にも興味がなかったようで、この方も最終的にスカウトに応じることはありませんでした。

Episode ④偽名と偽所属を伝えて秘書の壁を突破

次にご紹介するのは、今後業界全体を担う後継者として嘱望されていた、ある交通システムのエンジニアの案件です。当時、彼が勤務していたのは交通システム会社の最大手で、接触さえできればスカウト成功率は高いと考えられました。しかし業界の狭さゆえ、ターゲットは彼一人しかおらず、失敗は許されません。

 

調査の結果、ターゲットは学会に頻繁に出席しており、海外の学会にも参加していることが判明しました。そこで私は、アメリカで学会が開かれる際、「以前〇〇件でお話しした〇〇と申します」と電話口で偽名を名乗り、ターゲットに取り次いでもらうことに成功。電話で本名と用件を伝え、粘り強く交渉した結果、見事スカウトに成功しました。

ヘッドハンティングとはまさに「狩猟」。依頼企業の期待に応えるため、限界まで挑戦する覚悟が必要です。

Episode ⑤奥様に花束を持参

財界トップレベルの人物は、社内では幅を利かせつつも、家では奥様に頭が上がらないことが多いようです。接触の確率を上げるため、奥様宛に花束やプレゼントを届けることもありました。もちろん、奥様が在宅していることを確認した上で、企業の名代として訪問します。

 

この候補者は最終候補まで残りましたが、残念ながら別の人物が優先となりました。失敗も多いものの、接触自体に成功していることが重要です。ヘッドハンターの使命は、「人の心も人間関係も水もの」と心得つつ、クライアントにベストを尽くすこと。そして、唯一無二のターゲットに接触できた時の充足感は格別です。

「いかなるリスクを冒してでも迎え入れたい」と思われる人材を目指して

今回は5つのエピソードをご紹介しました。テレビドラマを見ているような印象を持たれた方もいらっしゃることでしょう。

 

今回ご紹介した5つのエピソードに共通するのは、ヘッドハンターの熱意と、クライアントの強い期待です。ターゲットに警戒され、人前や街中で怒鳴られる可能性もある現場で、リスクを冒してでも接触を果たす。それが、スカウトの現実です。

 

スカウトは、いかなるリスクを冒してでも迎え入れたい人物にのみ発生する特別な状況。皆さんも、熱烈なヘッドハンティングを受けるような存在を目指してみてはいかがでしょうか。

 

 

福留 拓人
東京エグゼクティブ・サーチ株式会社
代表取締役社長