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「老後の安心」を考えて繰下げ受給を選択…しかし抜け落ちていたもの
定年退職などを機に社会的役割や人との繋がりを失い、生きがいを見出せなくなることで心の不調をきたすことを「老後うつ」や「リタイアメントブルー」と呼び、特に仕事一筋だった男性に多く見られるといいます。
問題なのは、田中さんのように「まだ働いているから」「収入があるから」という理由で安易に年金の繰下げ受給を選択することが、結果的に「引退後の人生をどう生きるか」という、老後における最大の課題と向き合う機会を先送りにしてしまう危険性があることです。
年金受給を開始する65歳というタイミングは、単にお金をもらい始めるスタート地点ではありません。多くの人が仕事の第一線から退き始めるこの時期は、仕事中心だった人生から、趣味や地域活動、家族との時間へとシフトチェンジするタイミングです。内閣府『令和6年版高齢社会白書』によると、60歳以上の男女に生きがいを感じる時を尋ねた調査では、「趣味やスポーツに熱中している時」が最も多く、次いで「友人や知人と集い、食事、雑談している時」が挙げられています。これは、仕事以外での充実感や人との繋がりが、高齢期の幸福度にいかに大きく影響するかを示しています。
もし、田中さんが「この年金でどう生きていけばいいのか、暮らしていけばいいのか」、もっと早く考えることができていたらどうでしょう。仕事を続けていたとしても、空いた時間で地域のサークルに参加したり、新しい趣味を見つけたり、あるいは旧友との関係を深め直したり……そんな意欲がわき、実際に行動し、現在とは違う結果になっていたかもしれません。そして70歳で完全に仕事を辞めるころには、仕事に代わる新しい生きがいやコミュニティとの繋がりが確立されていた可能性があります。
年金の受給額を最大化させることだけを考えることは、経済的な側面だけを見れば合理的かもしれません。しかし、老後の安心を手に入れたとき、その先、「どう生きるのか」もしっかりと考え、その準備をしておくこともまた、豊かに生きるためには必要なことなのです。
[参考資料]
厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』
内閣府『令和6年版高齢社会白書』