(※写真はイメージです/PIXTA)
定年後に「自分の居場所」にこだわった男の末路
「現役時代は、家に帰っても自分の居場所なんてありませんでしたよ。だからこそ、定年後は誰にも邪魔されない、最高音質の空間を持つのが夢だったんです」
そう語るのは、都内の戸建てに住む中山健二さん(65歳・仮名)。40年強、大手メーカーで働き、半年前に定年退職を迎えました。
そこで手にした退職金は2,800万円。直前の月収の40カ月分にあたる金額です。この退職金を使い、自分へのご褒美として、学生時代からの趣味であるジャズ鑑賞のための「オーディオルーム」を完成させました。自宅の離れをリフォームし、完全防音の壁と、プロ仕様のスピーカーを備えた「こだわりの空間」を作り上げたのです。インテリアなどにもこだわり、総額は1,500万円ほどになったとか。
計画段階で、妻からは「老後の資金は大丈夫なの?」「家の修繕も必要なのに」と難色を示されました。しかし、中山さんはこう押し切りました。
「俺は40年以上も頑張ってきたんだ。家族のために嫌な仕事も頭を下げて続けてきたんだ。退職金くらい、好きなように使わせてくれよ」
その言葉に、妻はそれ以上何も言わなくなったといいます。中山さんはそれを「理解してくれた」と受け取りました。
そして完成の日。重厚な防音ドアのなかで、中山さんはお酒を片手に、美しい音色に酔いしれました。至福の時間。しかし厳密にいうと、そんな時間は離れにいるときだけで、母屋に戻ると重苦しい空気が立ち込めています。
「防音室にいるときは最高なんです。でも母屋に戻ると……空気が重いというか。妻は家にいるんですが、私と目を合わせようとしないんです」
以前なら「ご飯できたわよ」と声がかかりましたが、今は中山さんが母屋に行くと、テーブルの上にラップをかけた食事が置かれているだけ。妻はリビングでテレビを見ていますが、中山さんが話しかけても「ああ」「そう」と生返事が返ってくるのみで、全然口をきいてくれない。たまらず「最近、冷たくないか?」と尋ねた中山さんに、妻は笑みも怒りも見せず、淡々と答えたといいます。
「あなたは自分だけ頑張ってきたみたいなことを言っていますが、私だって頑張ってきました。あなたはご褒美で1,500万円をかけて自分の居場所を作った。私も自分のご褒美に自分だけの時間を楽しんでいるんです。お互い、好きなことをして生きていきましょう」
1,500万円かけた防音室は外の雑音を遮断すると同時に、夫婦関係も完全にシャットダウンしてしまったようです。
「結婚して40年。夫婦仲は今が最悪ですよ」