(※写真はイメージです/PIXTA)
完璧なセキュリティという名の「檻」
東京都監察医務院のデータによると、東京23区内における1人暮らしの「孤独死(異状死)」の数は年間約8,000件以上(令和3年)。そのうち、7割が65歳以上の高齢者です。 孤独死というと、「ゴミ屋敷に孤立した高齢者」という光景を想像する人も多いでしょう。もちろん、そのイメージも孤独死のひとつ。しかし都会では、「綺麗な孤立」も珍しくありません。
駅から徒歩5分。重厚なタイル張りの外観に、植栽の手入れが行き届いた築20年の分譲マンション。セキュリティは万全、24時間ゴミ出し可能、宅配ボックス完備。高橋幸子さん(仮名・82歳)は、このマンションの7階に1人で暮らしています。
15年前に夫と「終の棲家」として購入しました。子どもはおらず、夫を見送ってからは広い3LDKを持て余していますが、年金は月15万円ほどの収入があるうえ、夫の遺した貯蓄もあり、経済的に困窮しているわけではありません。
「ここは便利ですよ。スーパーも近いし、管理もしっかりしていて泥棒の心配もない。でもね、静かすぎるんです」
二重のオートロックは、不審者を完璧にシャットアウトします。しかしそれは同時に、予約のない訪問者を拒み、世間との接点を物理的に遮断する壁ともなります。インターホンが鳴るのは、宅配便か、不要品買い取りのセールスくらいです。
かつて住んでいた団地では、窓を開ければ誰かの話し声が聞こえ、夕方にはお裾分けのやり取りがあったとか。しかし、ここでは「他人の生活に干渉しない」ことが最高のマナーとされます。防音性の高い壁とドアは、隣人の生活音さえ消し去ってしまいます。
「まるで無人島にいるような感覚ね」
高橋さんの孤立を深めているのは、物理的な壁だけではありません。世代間のコミュニケーション・ギャップという「見えない壁」です。
ある日、買い物へ行こうとエレベーターに乗ると、20代くらいの若い男性住民と乗り合わせました。「今日は暑いですね」と声をかけましたが、返事はありませんでした。 無視されたわけではありません。彼の耳にはワイヤレスイヤホンが装着され、視線は手元のスマートフォンに釘付けだったのです。
「昔はね、エレベーターで会えば『いってらっしゃい』なんて声をかけ合ったものですけれど。今は下手に声をかけると、不審がられたりね……」
内閣府『第9回高齢者の生活と意識に関する国際比較調査』によると、「同居の家族以外に頼れる人」として「近所の人」と回答した人は、日本は15.0%。ドイツ40.2%、アメリカ33.6%、スウェーデン20.0%と、欧米諸国に比べて、近所との絆が希薄であることがわかります。