その時は突然訪れます。深い悲しみのなか、残された家族は慌ただしく葬儀の準備に追われますが、誰もが用意できると思っていたものが、見つからないこともあります。そのひとつが、故人を偲ぶための遺影です。故人らしい写真がどうしても見つからず、追い詰められたある家族が選んだ「まさかの一枚」とは。そんな葬儀のバタバタ劇について話を伺いました。
「遺影がない!」葬儀は大混乱…追い詰められた遺族が飾った「まさかの一枚」に、参列者からまさかの大喝采 (※写真はイメージです/PIXTA)

「これじゃダメかな?」妹が差し出した「一枚」

万策尽きたかと思われたそのとき、途方に暮れる兄と母を前に、妹の由美さんがおそるおそる自身のスマホを差し出しました。

 

「お父さんのスマホ、さっき解約手続きのために中身を確認してたんだけど……。待ち受け画面、これじゃダメかな?」

 

画面に表示されていたのは、写真ではありませんでした。クレヨンで描かれた、温かみのある一枚の「似顔絵」でした。由美さんの娘、つまり正雄さんにとっては目に入れても痛くないほど可愛がっていた小学生の姪が描いたものでした。少し曲がった線で描かれた輪郭。太陽のようにギザギザな髪。そして、満面の笑みを浮かべ、目尻にたくさんのシワが刻まれた優しい表情。それは紛れもなく、家族だけが知る、孫娘の前で見せる正雄さんの姿そのものでした。

 

一瞬の沈黙が場を支配しました。あまりに予想外の提案に、信二さんは言葉が出てきませんでした。葬儀の祭壇に、孫が描いた似顔絵を遺影として飾るなど……親戚や参列者に、不謹慎だと思われないだろうか。そんな考えが頭をよぎりました。

 

その沈黙を破ったのは、母の和子さんでした。スマホの画面をじっと見つめ、ぽつりと呟いたのです。

 

「……この絵のおじいちゃんが、一番あの人らしい顔をしているわ」

 

その一言で、部屋の空気が変わりました。写真嫌いで、いつもぶっきらぼうな態度の裏にあった、本当の優しい顔。無理やり撮られた引きつった顔写真よりも、よほど父らしいと信二さんも思いました。

 

母の言葉に、信二さんと由美さんも深く頷きました。家族の意見は、満場一致で決まりました。葬儀会社の担当者は少し驚いた顔をしましたが、事情を話すと快く引き受けてくれ、似顔絵をスキャンして立派な額に入れてくれました。

 

通夜当日、祭壇の中央に飾られた「まさかの一枚」。参列した親戚や知人たちは、最初こそ少し驚いた様子でしたが、事情を知ると誰もが「正雄さんらしい」「最高の供養だ」と、その絵を見て笑顔になり、在りし日の思い出を語り合ってくれました。不謹慎だと眉をひそめる人は、誰一人いませんでした。

 

燦ホールディングス『親と子の終活・葬儀に関するコミュニケーションの実態調査』によると、親世代の約半数が葬儀の希望を持つも、子世代の6割以上が親と葬儀の話をできていない現状があります。また親の希望に「沿いたい」と考える子世代は約6割いるものの、実際に意向を「理解」しているのはわずか1割にとどまっています。

 

「葬儀でこんな落とし穴があるとは思いもしなかった」と信二さんは話します。しかし、「結果的に父が一番気に入っていたであろう一枚を飾ることができて本当に良かったと思っています」と振り返ります。

 

「縁起でもない」「まだ先のこと」と考えているうちに、その時は突然やってきます。残された家族は、深い悲しみのなかで故人らしい一枚を探し出すという大変な作業に迫られます。遺影は葬儀のあとも家族のそばで故人を偲び、思い出を語り合うための大切な拠り所となります。だからこそ、自身が元気なうちに、一番自分らしいと思えるお気に入りの一枚を準備しておくことが、残される家族への最大の思いやりになるのかもしれません。

 

[参考資料]
燦ホールディングス『親と子の終活・葬儀に関するコミュニケーションの実態調査』