(※写真はイメージです/PIXTA)
鳴り響いた電話が、日常を打ち破った日
「もしもし、母さん? どうしたの、そんな時間に……」
佐藤信二さん(52歳・仮名)が深夜に鳴り響いたスマホの発信元を確認すると、表示されていたのは実家の母親の名前でした。胸騒ぎを覚えながら電話に出ると、受話器の向こうから聞こえてきたのは、しゃくり上げるような母・和子さん(80歳・仮名)の嗚咽でした。
「お父さんが、倒れて……」
父・正雄さん(享年82歳・仮名)の訃報は、あまりにも突然のことでした。数日前まで電話で「今度の週末は孫の顔を見にいく」と元気に話していたばかりでした。信じられない気持ちと、押し寄せる悲しみで頭が真っ白になるなか、長男である信二さんは気丈に振る舞い、通夜や葬儀の準備に取り掛かりました。
斎場の手配、親戚への連絡、菩提寺への挨拶。悲しみに暮れる暇もなく、やるべきことに追われる日々が続きます。葬儀会社の担当者と打ち合わせを進めるなかで、滞りなく準備が進んでいるように思えました。そんな矢先、担当者から何気なく告げられた一言に、信二さんをはじめ、母の和子さん、駆け付けた妹の由美さん(49歳・仮名)は、そろって固まってしまいました。
「それでは、遺影に使うお写真をご準備いただけますでしょうか」
遺影。父・正雄さんは、とにかく写真を撮られることが大嫌いな人だったのです。
「そういえば、お父さんの写真なんて……特に最近はろくに撮らせてくれなかったから」
母の和子さんがポツリと呟きました。信二さんと由美さんも、記憶をいくらたどっても、カメラを向けられて柔和な笑みを浮かべる父の姿を思い出すことができませんでした。いつも「俺はいいから」と撮影の輪から外れるか、レンズを向けると顔をしかめてそっぽを向いてしまうのでした。ときには怒りを露わにすることもありました。そんな父の姿ばかりが脳裏に浮かびます。
そこから、家族総出での「父探し」が始まりました。実家の押し入れの奥から、何十年も開かれていない重いアルバムを何冊も引っ張り出し、一枚一枚ページをめくります。しかし、そこに写っているのは、結婚式の集合写真の隅に豆粒のように写る姿や、社員旅行で無理やり撮られたのであろう引きつった顔、孫にせがまれて一緒に写ったものの、目をつぶってしまっている残念な一枚ばかり。まともな写真は、信二さんらが子どもだったころ、入学式や卒業式で校門でとったおすまし顔くらい。ただし、それらは何十年も前のもので若すぎます……。
「兄さん、叔父さんたちにも電話して、昔の写真がないか聞いてみる!」
由美さんは片っ端から親戚に電話をかけましたが、返ってくる答えはどこも同じでした。「正雄兄さんは、昔から写真が嫌いだったからねぇ」と、困惑した声が返ってくるだけでした。時間は刻一刻と過ぎていきました。通夜は、もう明日に迫っていました。