定年退職を機に手に入れた念願の終の棲家。それは理想のセカンドライフの象徴だったかもしれません。しかし、その決断が思いもよらぬ結末を迎えることも。理想の住まいは、なぜ絶望へと変わってしまったのか。ある男性のケースをみていきましょう。
退職金2,000万円が水の泡…60歳で埼玉郊外に買った「終の棲家」、10年後に待っていた絶望と「高すぎた買い物」の残酷な現実 (※写真はイメージです/PIXTA)

身体の衰えと共に理想から遠のくマイホーム

「10年前に戻れるなら、私は絶対に自分を止めます……」

 

埼玉県郊外にある自宅の写真を見つめながら、鈴木正雄さん(70歳・仮名)は力なく呟きました。10年前、退職金2,000万円で手に入れた「終の棲家」。家庭菜園、孫たちとのバーベキュー……誰もが羨むような理想の老後が待っているはずでした。しかし、その夢のマイホームが、今や夫婦の生活を縛る「売るに売れないお荷物」と化してしまいました。

 

社宅暮らしが長かった正雄さんにとって、「自分たちの家を持つ」ことは長年の夢でした。60歳で定年退職を迎えたとき、退職金2,000万円でその夢を実現しようと考えたのです。

 

妻・良子さん(68歳・仮名)も、老後は自然豊かなところで暮らしたいと思っていました。夫婦の意見は一致し、色々な物件を見学して回った末、埼玉県の郊外にある中古の戸建てに決めました。敷地には家庭菜園と呼ぶには広すぎるほどの畑があり、隣近所も離れています。 「これでようやく自分の城が持てた」 と、正雄さんは上機嫌でした。

 

購入後の数年間は、まさに理想の日々でした。夏から秋にかけては驚くほどの野菜が採れ、子どもたちは頻繁に孫を連れて遊びに来てくれました。大人数でバーベキューをするのが家族の定番となり、笑い声が絶えませんでした。

 

しかし、時間は確実に過ぎていきます。70歳を前に、正雄さんは膝の痛みを訴えることが増え、庭仕事も次第に億劫になっていきました。自慢だった畑は荒れ始め、広すぎた4LDKの掃除もままならず、使わない部屋は物置と化していきました。

 

さらに、健康なときには気にも留めなかった家の造りが、夫婦の身体に重くのしかかります。玄関のちょっとした段差、天井が高い分だけ続く長い階段、冬場は凍えるように冷えるタイル張りの浴室……。理想だった家は、いつしか住みにくい場所へと変わっていきました。

 

決定打となったのが、その立地です。最寄りのスーパーまでは車で30分、コンビニでさえ15分かかります。車がなければ、とても生活は維持できません。「免許返納」という言葉が現実味を帯びるなか、夫婦は言いようのない不安に駆られるようになっていきました。