55歳での役職定年、そして大幅な収入減。それは、長年会社に尽くしてきた多くのビジネスパーソンにとって、厳しすぎる現実です。築き上げてきたキャリアやプライドが揺らぎ、追い打ちをかけるように家族からの何気ない一言……。キャリアの岐路に立たされたとき、その現実をどう受け止めますか?
〈月収60万円〉55歳課長、「役職定年」で年収300万円減の絶望…さらに妻からの「とどめの一言」に撃沈 (※写真はイメージです/PIXTA)

会社を欠勤…見えてきた新しい景色

妻の言葉に、悪気がないことは痛いほど分かっていました。家計が苦しくなることを純粋に心配してくれたのでしょう。しかし、その言葉は、鈴木さんにとって鋭い刃のように突き刺さりました。

 

「ああ、俺はもう、必要とされない人間なんだな」

 

その日から、鈴木さんは会社を数日間休みました。何もする気になれず、ただぼんやりと天井を眺めて過ごすだけ。そんな無気力な日々が続いていたある日、ふと押し入れの奥にしまい込んでいた古い一眼レフカメラが目に入ります。

 

若い頃、給料をつぎ込むほど夢中になっていた趣味です。久しぶりに手に取ったカメラは、ずっしりと重く、その確かな感触が不思議と心を落ち着かせてくれました。ファインダーを覗くと、見慣れたはずのリビングが、まったく違う世界のように映ったといいます。

 

「同じ景色でも見方を変えれば、違う風景が広がっている――。なぜか、自然と前向きになれた瞬間でした」

 

週明け、鈴木さんは何か吹っ切れた様子で会社に出勤しました。そんな変化を、新しい課長である元部下が見逃すはずはありません。ある大型案件で行き詰まっていた新課長は、おずおずと鈴木さんに助けを求めました。

 

「鈴木さんのご経験で、何かヒントをいただけないでしょうか」

 

鈴木さんは、自分が長年培ってきた知識と人脈を惜しみなく伝えました。その的確な助言によって案件は無事に成約し、若手社員たちが自分を頼り、心からの感謝を口にする。それは、課長という肩書があった頃とは違う、新しい種類の喜びだったといいます。

 

その夜、帰宅した鈴木さんに、妻が優しく声をかけました。

 

「この前のこと、ごめんなさい。配慮の足りない言葉でした。これまで、本当にありがとう。これからは少し肩の荷を下ろして、自分のやりたいこととか、私たちのこれからのことを、ゆっくり考えてみない?」

 

妻の言葉に、鈴木さんは思わず涙をこぼしたといいます。

 

人事院の『令和5年民間企業の勤務条件制度等調査』によると、役職定年制を導入している企業は16.7%で、そのうち95.3%は今後も制度を継続するとしています。役職定年年齢は、部長級・課長級ともに「55歳」が最も多く(それぞれ33.5%、40.3%)、次いで「60歳」(部長級19.6%、課長級19.2%)という結果です。

 

役職定年は、組織の新陳代謝や人件費の削減といったメリットがある一方で、組織のパフォーマンス低下やシニア人材のモチベーション低下などのデメリットも指摘されています。

 

しかし、役職定年はキャリアの終わりを意味するわけではありません。肩書がなくなっても、長年培ってきた経験や専門知識は、何にも代えがたい財産です。それを後進の育成やサポートに活かすことで、新たな役割とやりがいを見出すことができるでしょう。

 

[参考資料]

人事院『令和5年民間企業の勤務条件制度等調査』