(※写真はイメージです/PIXTA)
2.コツコツ積み立てた2,000万円の退職金が、一瞬で“ゼロ”に
地方の工場に30年勤めるBさん(当時63歳)。定年まであと2年。退職金2,000万円を受け取り、故郷で静かに暮らすことを夢みていました。
Bさんの勤務先では「適格退職年金制度」が導入されており、毎月の給与から掛金を積み立ててきたBさんは、「月5万円コツコツ積み立ててきたんだ。退職金は2,000万円はくだらないだろう。これで家のリフォームでもして、たまには妻とゆったり旅行でもして、静かな老後を過ごそう」と、2年後にきたる定年を心待ちにしていました。
しかしある日、いつものようにBさんが出社すると、1枚の貼り紙を前に社員たちが大騒ぎしています。人混みをかき分けてその貼り紙を読むと、そこには次のように書かれていました。
勤続30年の会社から、突然の倒産宣告。適格退職年金制度には資産保護の仕組みがなく、積み立てていたはずの退職金はゼロになりました。年金もわずかしかなく、その日から生活は一変。妻と旅行どころか、毎日の食費もギリギリまで削る日々が続いています。
「おれはいったい、なんのために働いてきたのか……」
Bさんは、夢も誇りも失い、深い絶望のなかにいます。
適格退職年金制度(通称:テキネン)(1962年~2012年)
「適格退職年金制度」は、かつて多くの企業が退職金制度として導入していた企業年金のひとつです。掛金を非課税で積み立てられる税制上の優遇措置があったため、広く普及しました。
この制度の最大の問題点は、年金資産を保護する仕組みが非常に弱かったことです。万が一会社が倒産した場合、積み立てていた年金資産が保全されず、従業員が退職金をまったく受け取れない、あるいは大幅に減額されるというケースが頻発しました。また、転職した場合に、積み立てた年金資産を次の会社の制度に引き継ぐこと(ポータビリティ)が難しいという側面もありました。
Bさんの事例のように、長年勤め上げた会社が倒産した途端、約束されていたはずの退職金がゼロになるという悲劇が実際に多く起こりました。この資産保護の脆弱性が大きな社会問題となり、より安全な確定給付企業年金(DB)や確定拠出年金(DC、iDeCo)への移行を促す形で、2012年に制度が完全に廃止されています。