(※写真はイメージです/PIXTA)
「課長」と呼ばれた日々は、もう戻らない
「会社に戻りたいんですよ。今さら無理なのは百も承知なのですが……」
田中誠さん(62歳・仮名)。専門商社に長年勤務し、第一線を走り続けてきました。課長で60歳定年を迎え、その後2年間は嘱託社員として会社に残りましたが、この春、ついに完全なリタイア生活が始まりました。
「定年と同時に役職がなくなり、営業サポートの部署に異動になりました。給与は月28万円と、20代の頃より少なくなり、仕事もはっきり言ってつまらない。年金を受け取るようになる65歳になるまでは、と思っていたのですが、あと3年、働くのは無理でした」
スーツを脱ぎ、時間に縛られない自由な日々。多くの人が羨む悠々自適な生活のはずが、田中さんの心はさらにどんより。
「朝、目が覚めてもやることがないんです。妻は趣味のサークルや友人とのランチで楽しそうに出かけていく。私はただ、テレビをぼーっと眺めるだけ。社会から、完全に切り離されてしまったような感覚です」
現役時代は、誰よりも早く出社し、深夜まで部下の指導や取引先との折衝に明け暮れる毎日。厳しいながらも、目標を達成したときの高揚感、部下から頼りにされる喜び、そして「田中課長」という自分の確固たる居場所がありました。
しかし、今はどうでしょう。会社用の携帯が鳴ることも、部下から相談を持ちかけられることもありません。しかも給与はゼロ。近所の人と会えば「田中さん」と呼ばれるだけ。その響きが、自分が何者でもなくなった現実を突きつけてくるようで、ひどく虚しくなるといいます。
「肩書きがすべてだなんて思っていませんでした。でも、いざ失ってみると、自分が空っぽになったような気がするんです。嘱託でいた2年間は、まだ会社との繋がりがあった。給料は下がりましたが、それでも『田中さん、これお願いします』と頼られることがあった。それすらもなくなった今、本当に孤独です」
妻からは「今まで頑張ってきたんだから、少しはゆっくりしたら?」と優しい言葉をかけられます。しかし、その言葉が逆に田中さんを追い詰めます。頑張るべき目標も、頼ってくれる誰かもいない「ただの毎日」を、どう過ごせばいいのか分からずにいるのです。