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認知症が始まった母…施設入居を決意
「この費用で、ここまでしてくれるなんてありがたい」。都内在住の田中さとみさん(55歳・仮名)は、半年前、母のよしこさん(82歳・仮名)が入居する老人ホームのパンフレットを見て、安堵のため息を漏らしたことを鮮明に覚えています。
1年前に夫を亡くし、軽度の認知症が始まった母。さとみさん自身も仕事を抱え、日中の独居は限界でした。介護サービスの利用も考えましたが、24時間の安心には代えられません。そこで老人ホーム探しを始めましたが、その費用の高さに愕然としました。
「都内の施設は、入居一時金だけで数百万円、月額も30万円を超えるところがザラでした。母の年金は月14万円ほど。とても都内の施設には入れません。私の援助にも限界がありますし、途方に暮れていたときに見つけたのが、この施設だったんです」
その施設は、入居一時金が0円で、月額利用料は15万円。私の援助があれば、なんとか支払える金額です。すぐに見学を申し込みました。建物は新しくはないものの清潔に保たれ、談話室では数人の入居者が穏やかにテレビを見ています。案内してくれた施設長も物腰が柔らかく、さとみさんの質問に丁寧に答えてくれました。
「個室も確保されていて、食事も美味しそうでした。この金額でこれだけのサービスを受けられるなら、何の不満もありません。むしろ、もっと早く探してあげればよかったとさえ思ったくらいです」
しかし、その安堵が深い後悔に変わるまで、そう時間はかかりませんでした。入居して1ヵ月が経った頃から、さとみさんは施設を訪れるたびに小さな違和感を覚え始めました。
「最初は気のせいかと思ったんです。でも、行くたびに『初めまして』と挨拶される介護スタッフがいる。あまりにも顔ぶれが変わるのが早いと感じました」
もともと人見知りで、新しい環境に慣れるのが苦手な母のよしこさん。入居当初は不安そうな顔を見せていましたが、少しずつスタッフにも慣れ、笑顔を見せるようになっていました。しかし、その慣れたはずのスタッフが、いつの間にか辞めている。その繰り返しでした。
「母は昔から、心を許すまでに時間がかかるんです。せっかく馴染んだと思ったら、担当の方が辞めてしまう。そのたびに、母はまた心を閉ざしてしまうようでした」
さとみさんが施設の「安さ」の理由に気づいたのは、入居から3ヵ月が過ぎた頃でした。ある日、よしこさんの部屋を訪れると、ナースコールの紐が手の届かない場所に追いやられています。慌てて直しましたが、清掃も以前より行き届いていないように感じました。ベテランだったスタッフの姿は見えなくなり、代わりに経験の浅そうな若いスタッフばかりが忙しなく動き回っています。
「『安い給料でこんなに忙しいんじゃ、割が合わない』とスタッフが愚痴を言い合っているのを、聞いてしまったのです。安さの秘密は、スタッフの犠牲の上に成り立っていたのです」