介護や夫婦の在り方をめぐる価値観は、時代が変わってもなお根強く残り続けています。「嫁だから当然」という言葉に象徴されるように、家族という名のもとに押し付けられる役割は、時として理不尽な重荷となるものです。その重さが、人生を左右することも珍しくありません。
嫁なんだから当然でしょ…〈年金月10万円・82歳義母〉の「下の世話」まで丸投げされ、もう限界。53歳妻が非情な夫に叩きつけた「離婚届」 (※写真はイメージです/PIXTA)

耳を疑う夫と義母のひと言…堪忍袋の緒が切れた「家族会議」

美咲さんの我慢が限界に達したのは、介護が始まって1年が過ぎた頃でした。心身の疲労もあり、仕事のパフォーマンスは落ちるばかり。契約満了をもって更新は難しいかもしれない――そんなことを耳にして美咲さんは大いに焦ったといいます。

 

「夫の収入だけでは、とても子どもたちの教育費も住宅ローンの返済も賄えません。夫や義妹も手伝ってくれないと……」

 

そんななか、夫と義妹が久しぶりに実家に集まりました。

 

「私の介護負担だけでなく、物価高のなか、義母の月10万円の年金だけでは、生活費のほかデイサービスの費用や医療費を賄いきれません。誰がいくら負担するか、という話をするために集まったんです」

 

しかし、その席で夫の浩一さんが放った言葉に、美咲さんは耳を疑いました。

 

「洋子も大変だろうから、ウチで多めに持つよ。なあ、美咲。お前の給料も、少しは回せるだろ?」

 

まるで他人事のように、当たり前に美咲さんの収入をアテにする夫。その隣で、義妹の洋子さんは「ごめんなさい、お義姉さん。助かります」と申し訳なさそうに俯くだけ。誰も、美咲さんの心身の負担や仕事の状況を気遣う者はいませんでした。美咲さんが言葉を失っていると、ベッドの上にいた義母のトシ子さんが、さらに非情な一言を発しました。

 

「何をためらっているの。田中家の嫁として、当然のことじゃない」

 

その瞬間、美咲さんのなかで何かがプツリと切れました。これまで耐えに耐えてきた、すべての感情が爆発し、静かにブチキレていたのです。美咲さんは静かに立ち上がると、いつも持ち歩いていたカバンから一枚の紙を取り出し、テーブルの上に置きました。それは、彼女が震える手で署名・捺印した「離婚届」でした。

 

「もう、あなたたちの家の嫁でいるのは限界です。私の人生を、これ以上あなたたちのために使う気はありません」

 

呆然とする夫と義妹、そして義母を前に、美咲さんははっきりと告げました。

介護が「熟年離婚」の引き金に

日本の介護は、依然として家族、特に女性に重くのしかかっているのが現実です。厚生労働省『2022年 国民生活基礎調査』によると、主な介護者を性別にみると、同居の場合は女性が68.9%、別居の場合は71.1%。男性に比べて女性が介護を担うケースが多く、美咲さんのように義親の介護を担う場合も珍しくないと考えられます。

 

こうした介護の負担は、夫婦関係に深刻な亀裂を生じさせ、「熟年離婚」の引き金となることも。婚姻期間20年以上の熟年離婚は、離婚数自体減少傾向にあるなか、その割合は増加傾向にあり、2023年で3万9,810組で、離婚総数に占める割合は23.5%と過去最高を記録しています。

 

熟年離婚のひとつの理由とされているのが、親族の介護を理由に夫婦関係が破綻する「介護離婚」です。介護負担の不均衡、経済的負担、ストレスの増大などが原因に挙げられます。「介護は女性が担うべき」という価値観の押し付けは、介護離婚に至る最たる理由のひとつといえるのです。

 

[参考資料]
厚生労働省「2022年 国民生活基礎調査の概況」
厚生労働省「令和4年(2022) 人口動態統計月報年計(概数)の概況」