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「ご意見番」から「邪魔者」へ…人格を否定される日々
田中氏が部長に就任して数週間後、浩二さんは職場の空気の変化に気づき始めます。これまで気軽に相談に来ていた若手社員が、浩二さんの席を避けるように通り過ぎていく。田中新部長が主催する会議では、浩二さんが経験則から意見を述べようとすると、話を遮られるようになりました。
「ある重要な会議で、過去の類似案件での失敗例を話そうとしたんです。すると田中部長が、皆の前で『斉藤さん、昔話はもういいですよ。時代は変わってるんで』と言ったんです。皆が凍りついたのが分かりました」
田中氏の態度は、日に日にエスカレートしていきました。他の社員がいる前で、「斉藤さん、まだいたんですか?」と存在を揶揄するような言葉を投げかける。部内の重要な情報は、浩二さんだけに通達されない。与えられる仕事は、シュレッダー係や倉庫の整理といった、誰にでもできる単純作業ばかりになりました。
「一番堪えたのは、部内の飲み会の席でした。田中部長が『時代は今までにないスピードで変化している。もうアンタの時代じゃないんですよ(笑)』って。このときの笑い声が、今でも耳にこびりついています……」
さらに、65歳まであと2年というタイミングで、社内でも“お荷物”と揶揄される部署に急遽異動が決定。そこに田中氏が関わっていたことは誰の目にも明らかでした。
厚生労働省『令和6年 高年齢者雇用状況等報告』によると「60歳定年」は64.4%。「61~64歳定年」は2.9%、「65歳定年」は18.9%。また65歳までの高年齢者雇用確保措置の実施状況については67.4%の企業が「継続雇用制度」を導入し、28.7%の企業が「定年の引き上げ」で対応しています。継続雇用制度を採用した企業のうち、86.2%が「希望者全員を対象とする継続雇用制度」であり、今や「65歳まで働ける」がスタンダードになりつつあります。
一方で課題になっているのが、シニア社員の取り扱い。定年後、役職を外れた元上司が「扱いにくい存在」として、かつての部下からパワハラのターゲットにされたり、やりがいのない仕事しか与えられず、疎外感を深めたりするケースは珍しくありません。
会社側も、再雇用したシニア社員の能力や経験をどう活かすか、明確なビジョンを描けていないのが実情です。結果として、豊富な知見を持つはずのベテランが「コストのかかるお荷物」と見なされ、職場内で孤立してしまう――この「下剋上パワハラ」は、年功序列と終身雇用が崩壊しつつある日本企業が解決しなければならない大きな問題です。
浩二さんは結局、65歳まであと1年というタイミングで、会社を去る決断をしました。
「これ以上、自分の心を殺してまで会社にしがみつくことはない、と妻が言ってくれたんです。今は少し休んで、地域のシルバー人材センターにでも登録してみようかと考えています。ただ……長年勤め上げた会社で、最後は『お疲れ様でした』と、気持ちよく終わりたかったですね」
[参考資料]
厚生労働省『令和6年 高年齢者雇用状況等報告』