信じ込む母「あの人は優しい人よ」
意を決した健一さんは、ある週末、恵子さんと真剣に向き合いました。
「最近、誰かから頻繁に電話がかかってきてない? お金の話をされていない?」
最初は口ごもっていた恵子さんでしたが、健一さんの真剣な眼差しに、ぽつりぽつりと話し始めた。
「1ヵ月くらい前、海外から電話があったの。ウィリアムさんっていう、とても丁寧で優しい男性で……」
恵子さんの話を要約すると、こう。ウィリアムと名乗る男は、海外の大手投資会社の社員を名乗り、「特別な顧客だけに、元本保証で月利10%になる夢のような投資案件がある」と持ち掛けてきたといいます。最初は怪しんだ恵子さんでしたが、男は詐欺師にありがちな高圧的な態度ではなく、毎日電話をかけてきては、恵子さんの体調を気遣い、昔話に耳を傾け、ゆっくりと信頼関係を築いていきました。
「『この投資をすれば、毎月5万円が配当として入ってくる。そうすれば、お孫さんにもっと好きなものを買ってあげられますよ』って……。私の気持ちを、すごく分かってくれる人なの」
うっとりと語る母の姿に、健一さんは言葉を失います。すでに恵子さんは、ウィリアムを完全に信用しきっていたのです。そして、「投資の初期費用として、500万円を至急、指定の海外口座に振り込んでほしい」と頼まれ、まさに今日、郵便局に行く準備をしていたところだったといいます。500万円は、亡き夫(健一さんの父)が残してくれた遺産で、いわゆるタンス預金として、万一のときに用意していたものでした。
「母さん、それは詐欺だ! 絶対に振り込んじゃだめだ!」
健一さんは必死に説得するも、恵子さんは「あなたは知らないからそんなことを言うのよ! あの人は本当にいい人なの!」と耳を貸そうとしません。
健一さんは、そこでウィリアムからかかってくるという電話番号をウェブで検索しました。その結果、「その番号は詐欺電話です」という報告がたくさん表示されました。
「見てよ! やっぱりこれは詐欺電話だよ! もし、その人が本当に親切で母さんのことを思っているなら、なんで日本の銀行口座じゃなくて、わざわざ海外の、追跡もできないような口座にお金を振り込ませようとするんだよ。本当に母さんのためなら、そんな危険なことさせないだろう」
健一さんのその言葉に、恵子さんはハッとした表情になり、みるみる顔が青ざめていきました。
「何でも好きなもの、買ってあげられると、思ったのに……」
その場に泣き崩れる恵子さん。それでもタンス預金500万円は水際で守ることができたのです。
国民生活センターによると、国際電話を利用した詐欺の相談は後を絶ちません。発信元を特定しにくく、海外の事業者であるため日本の法律が適用されにくい点を悪用するケースが多いといいます。心当たりのない国際電話には出ない、かけ直さないことが重要であり、スマートフォンの着信拒否設定や、通信事業者が提供する迷惑電話ブロックサービスを活用することも有効な対策になります。
[参考資料]
警察庁『令和5年における特殊詐欺の認知・検挙状況等について』
独立行政法人国民生活センター『海外からの知らない国際電話が増えています!迷惑な国際電話は無視しましょう ブロックも有効です』