消えた1,800万円…果たして犯人は?
「いったい何があったんだ! 誰かに騙されたのか! と、思わず声を荒らげてしまいました。でも、妻の答えは要領を得ない。『あのお金を、どこか安全な所に移さないといけないって……でも、どこにしまったのか分からないの』とおびえた顔で繰り返すばかりでした」
これまでの生活を振り返ると、高額な買い物をした形跡はありません。ただ、ここ1、2年の間、毎日のようにコンビニのATMから数万円ずつ、ときに1日に何度も現金が引き出されているという、異様な事実だけが浮かび上がりました。
途方に暮れた健一さんは、家中を探し回ったといいます。
「タンスの引き出し、仏壇の線香立て、押し入れの布団の間……あっ米びつの中にも。本当にありとあらゆる場所から、現金が詰められた封筒や菓子箱が出てきたんです。そしてようやく、『ああ、これは病気のせいかもしれない』と気づいたのです」
かき集めた現金は、消えた1,800万円には及ばない金額だったといいます。まだこの家のどこか、思いもよらぬところに引き出したお金をしまっているに違いない。
「妻はね、責任感が人一倍強い人なんです。おそらく、自分の記憶やお金の管理能力が衰えていることに、誰よりも早く気づいていたんだと思います。だからこそ、『この大切なお金を失くしてはいけない』という気持ちが、異常なほど強くなってしまった。銀行は危ないと思い込み、現金を引き出しては自分で『安全な場所』に隠した。そして隠したことを、隠した場所を忘れてしまう……。これを繰り返していたんだと思います」
悪徳業者に騙されたのでも、誰かに盗まれたのでもない。妻自身が、家族を守りたいという強い想いから、病によってお金を散逸させてしまっていた。健一さんは「すごく切なくなりました」と、声を詰まらせます。
里中さん夫婦のようなケースは、決して珍しいことではありません。内閣府『令和6年版高齢社会白書』によると、日本の65歳以上の高齢者人口は3,624万人で、高齢化率は29.3%。そして、2025年には高齢者の約5人に1人が認知症になるとも推計されており、認知症による資産管理の問題は、誰もが直面しうる身近な課題となっています。
厚生労働省の統計によれば、厚生年金受給者の平均年金月額は約14.7万円(令和5年度)。多くの高齢者世帯が、けっして余裕があるとは言えない年金収入のなかで、貯蓄を切り崩しながら生活しています。その最後の頼みの綱である大切な貯蓄が、知らないうちになくなってしまう――こうした事態は、決して他人事ではないのかもしれません。
「妻はたった1人で不安に苛まれていた……一緒に暮らしているのに早く気づいてやれなかったことが何よりも悔しいです」
[参考資料]
内閣府『令和6年版高齢社会白書』
厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』