「お客様は神様」という、昔よく聞いた言葉。今なお、死語ともいえる言葉を伝家の宝刀のように振りかざしている人もいます。しかし、老人ホームではその意識が時に悲劇を生むことがあります。現役時代のエリート意識を捨てきれない男性の末路をみていきましょう。
俺は客だぞ!〈年金21万円〉82歳男性、リタイアから20年経ってもエリート意識抜けず…入居3ヵ月の「老人ホーム」でブチギレ、即、強制退去の必然 (※写真はイメージです/PIXTA)

「こんなもの食えるか!」食堂に響いた怒声と、静かな決断

入居から2ヵ月が経つ頃には、高橋さんの言動はさらにエスカレートしていきました。スタッフを名前で呼ぶことはなく、「おい」「お前」と顎で使い、少しでも対応が気に入らないと大声で罵倒するようになりました。その威圧的な態度は、他の入居者を萎縮させ、施設の穏やかな雰囲気を少しずつ乱していきました。


そして事件は起きます。入居から3ヵ月が経ったある日の夕食時のことでした。その日のメニューが気に入らなかったのか、高橋さんは配膳されたトレーを一瞥するなり、顔を真っ赤にして叫びました。「なんだこれは! こんな餌が食えるか!」 次の瞬間、ガチャンというけたたましい音とともに、高橋さんはトレーを床に叩きつけました。味噌汁や煮魚が飛び散り、静かだった食堂は一瞬にしてパニックに陥ります。


近くにいた女性の入居者は、恐怖で小さな悲鳴を上げました。佐藤さんを含む数名のスタッフが慌てて駆け寄り、「高橋さん、おやめください!」と制止しようとします。しかし、興奮した高橋さんの耳には届きません。「うるさい! 俺に指図するな! 金を払っている客に対してなんだその態度は!」 そう叫びながら振り払った腕が、制止に入った若い女性スタッフに当たり、彼女は尻もちをついてしまいました。幸い怪我はありませんでしたが、これは単なるクレームではなく、他の入居者やスタッフの安全を脅かす「危険行為」とみなされました。


この一件が決定打となり、施設側は高橋さんとの契約を解除すること、つまり「退去勧告」を行うことに。施設長から連絡を受けた息子さんは、電話口で何度も何度も頭を下げ、「父が大変なご迷惑をおかけしました。昔からプライドばかり高くて、本当に手が付けられなかったんです……」と疲弊しきった声で話したといいます。


高橋さんは最後まで「俺は何も悪くない。客への対応がなっていないそっちが悪いんだ」と主張し続けましたが、決定が覆ることはなく、入居からわずか3ヵ月で施設を去っていきました。高橋さんの去った後のホームには、以前の穏やかな日常が戻ったといいます。