(※写真はイメージです/PIXTA)
「こんなはずでは…」楽しみにしていた年金生活に募る後悔
鈴木さんが後悔の念を抱くようになったのは、71歳の誕生日を迎えてすぐのことでした。長年の夢だった、夫婦でのヨーロッパ周遊旅行を計画しようとパンフレットを広げた時のことでした。
「妻が『長時間のフライトは、今の私には少しきついかもしれないわ』と、申し訳なさそうに言うんです。そういえば、妻もここ数年でめっきり疲れやすくなりました。私自身も、数年前から患っていた膝の痛みが悪化していて、若い頃のようにスタスタと歩くことはできません」
現役時代は、趣味の登山で日本中の山々を制覇してきた鈴木さん。増えた年金で、海外のトレッキングコースに挑戦することも楽しみの1つでした。しかし、今の体力では日帰りのハイキングさえ億劫に感じてしまうといいます。
「お金は確かに増えました。しかし、旅行や趣味を心から楽しむための『健康』と『体力』が、この6年間で想像以上に失われてしまったんです。“老後の楽しみ”と考えていたものが、自分のなかですごく大きな価値を持っていた。要は、優先順位を見誤ったのです。こんなに後悔すると分かっていれば、70代になるまで頑張って働いたり、繰下げ受給を選択したりすることはなかったのに。まあ、健康のことなんて、神様だってわからないでしょうから、悔やんだところで……」
鈴木さんのように、繰下げ受給を選択したものの「こんなはずではなかった」と感じる人は少なくありません。年金額が増えるという大きなメリットがある一方で、見落としがちなデメリットや注意点が存在するためです。
特に鈴木さんのケースは、「平均寿命」と「健康寿命」の違いを考えさせられる典型的な例と言えるでしょう。健康寿命とは、心身ともに自立し、健康的に生活できる期間のことです。2022年、健康寿命は平均男性が72.57歳、女性が75.45歳。一方、当時の平均寿命は男性が81.05歳、女性が87.09歳でした。そこには男性で9年、女性では12年ほどの差が生じています。つまり、増えた年金を存分に趣味や旅行などで楽しみたいと考えていても、実際にそれが可能な時間は限られているわけです。
年金の繰下げ受給は、「受給額の増額」という分かりやすいメリットがある一方で、鈴木さんが直面したような「健康寿命の問題」といったデメリットも存在します。
繰下げ受給のデメリット① 税金・社会保険料の負担増
年金額が増えることで、所得税や住民税、国民健康保険料などの負担が増え、手取り額の伸びが額面ほどではない場合がある。
繰下げ受給のデメリット② 加給年金が支給されない
年下の配偶者がいる場合、本来65歳からもらえるはずの「加給年金」(年間約40万円)が繰下げ待機期間中は受け取れない。
繰下げ受給のデメリット③ 損益分岐点
65歳受給の場合より総受給額が多くなるのは、一般的に繰下げ受給を開始してから約12年後。それより前に亡くなった場合、総受給額は少なくなる。
年金の受け取り方に、唯一の正解はありません。大切なのは、自身のライフプラン、健康状態、家族構成、そして「どのような老後を送りたいか」という価値観を総合的に考え判断することです。
[参考資料]
厚生労働省『簡易生命表』
日本年金機構『年金の繰下げ受給』