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70歳からの年金受給…「月30万円」の響きに胸を躍らせたが
都内の閑静な住宅街に暮らす、鈴木一郎さん(仮名・71歳)。穏やかな表情とは裏腹に、その口から漏れるのは自身の選択に対するため息でした。
「まさか、こんな気持ちになるなんて思ってもみませんでしたよ。あの時は、これが最善の選択だと信じて疑わなかったのですが…」
鈴木さんが受け取る年金額は、月におよそ30万円。厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』によると、厚生年金保険(第1号)受給者の平均年金月額は約14.7万円ですから、その倍以上の金額を受け取っていることになります。多くの人が羨むような金額ですが、鈴木さんは後悔の念をにじませます。
きっかけは「ねんきん定期便」。そこに記載されていたのは、年金は65歳からというわけではなく、受給開始時期を60~75歳まで選択できるということ、さらに受給を遅らせた場合は年金額が増額するということでした。この受給開始時期を65歳よりも遅らせることを「繰下げ受給」といいます。
「1ヵ月遅らせるごとに0.7%ずつ増えていくと書かれていてね。単純計算で、1年で8.4%、5年遅らせて70歳から受け取れば42%も増える。これはすごい、と。当時はまだ会社員として働いていましたし、体力にも自信がありましたから」
鈴木さんは、定年後も再雇用で65歳まで働くことが決まっていました。65歳時点で受け取れる年金額は月額でおよそ20万円。これで十分かと言えば、胸を張ることはできません。しかし、たとえば71歳まで繰り下げたら、65歳で受け取る年金額の1.5倍になる――「単純に考えて月々30万円を超える。年金だけで何の心配もなく、悠々自適の生活が送れると思ったんです」と振り返ります。
年金受取額が増えれば、老後不安も軽減される。鈴木さんの心は完全に固まりました。妻にも相談し、「あなたが決めたことなら」と後押しを受け、6年間の繰下げ受給を選択。65歳から71歳になるまでの6年間は、再雇用後の嘱託社員として働きながら、給与収入でやりくりをする。そして迎えた71歳の誕生日。ついに仕事を辞め、待ちに待った年金生活がスタートしたのです。
「よく頑張った、と。これでようやく安心できると思いました。でも、実際に生活を始めてみると、どうにも気持ちが晴れないんです」