(※写真はイメージです/PIXTA)
月収45万円→30万円でも「楽園」のはずだった
「このままでは、心が壊れてしまう」
都内の中堅IT企業で営業課長を務めていた田中健一さん(仮名・42歳)は、自身の限界を悟り、退職を決意しました。連日の深夜残業、休日返上の出勤は当たり前。上司からは、会議の場で人格を否定するような言葉を浴びせられることも日常茶飯事でした。心療内科で処方された薬を飲みながら、何とか出社する日々。そんな田中さんの唯一の支えが、こつこつと貯めてきた1,000万円の預金でした。
金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[単身世帯調査]令和5年』によると、単身・金融資産保有世帯の金融資産保有額は平均1,492万円、中央値は500万円。40代に限ると平均964万円、中央値は500万円です。田中さん、貯金がいかに拠り所だったか、この結果からもわかります。
「前の職場は、今思い出しても吐き気がするほどです。毎日終電まで働き、休日も構わず上司から電話がかかってくる。目標未達の月は、全員の前で『存在価値がない』とまで言われました。精神的にも肉体的にも、もう限界だったんです。この貯金があったからこそ、地獄から抜け出す勇気が持てました」
厚生労働省『令和2年転職者実態調査』によると、離職者の76.6%が自己都合。「賃金以外の労働条件」は28.2%と、「給与」(23.8%)を理由としたものよりも多くなっています。田中さんのように労働環境の過酷さが転職の引き金となるケースは、決して珍しいことではないのです。
退職後、田中さんは「給与よりも精神的な平穏」を最優先に、再就職先を探しました。そのなかで何かと忙しい東京を離れ、実家のある地方に戻ることを決意。そのなかで見つけたのが、現職の中小企業での事務職でした。提示された給与は月収26万円。前職の45万円から20万円近くも下がる計算ですが、田中さんに迷いはありませんでした。
「給料が大幅に下がることは覚悟の上でした。それよりも、東京を離れることができて、毎日定時で帰れること、自分の時間を持てること、そして何より、人間らしい穏やかな生活が手に入ることのほうが、はるかに重要だと考えていました。40代の自分を受け入れてくれるなんて、貴重ですよ」
入社当初は、本当に天国に来た気分だったと田中さん。夕方5時には会社を出て、明るいうちに家に帰れる。週末に仕事の電話で起こされることもない。それだけで、涙が出るほど嬉しかったといいます。