「今の職場が辛すぎて、もう辞めたい……」 多くの人が一度は抱くであろうこの思い。もし、十分な貯金があれば、あなたならどうしますか? 42歳男性の場合、1,000万円の貯金を頼りに、月収が大幅に下がることを覚悟のうえで「地獄」のような職場から脱出。手に入れたはずの穏やかな日々。しかし、彼を待ち受けていたのは、想像もしなかった「もう1つの地獄」でした。過酷な労働から逃れた先に待っていた、あまりに厳しい現実とは?
こんなはずでは、なかったのに…〈貯金1,000万円〉を頼りに地獄の職場から逃げ出した42歳。〈月収15万円減〉で手に入れたはずの平穏。しかし待っていたのは「もっと過酷な現実」 (※写真はイメージです/PIXTA)

貯金1,000万円が溶けていく…見えてきた「もう1つの地獄」

転職から半年が過ぎた頃、田中さんはじわじわと生活が圧迫されているのを感じ始めました。月収26万円だと、手取りにすると月20万円ほど。家賃は東京の7~8割ほど。きっと新卒のころであれば十分だったかもしれませんが、40代の単身者にすると、やはり物足りない給与でした。

 

総務省統計局『家計調査 家計収支編 2024年平均』によると、35~59歳・勤労単身者の勤め先収入は平均44万5,392円。対し、消費支出は平均19万4,379円。田中さんの手取り20万円という収入では、まさに生活するだけで精一杯。家賃や光熱費、通信費といった固定費を支払うと、手元に残るお金はわずかでした。

 

「前の職場の感覚で、たまには外食をしたり、好きな服を買ったりしたかったのですが、すぐに厳しくなりました。食費を切り詰め、友人との飲み会も断ることが増えました。独身だから何とかなっていますが、これで家族がいたらと考えると、ゾッとします」

 

さらに、追い打ちをかけるように予期せぬ出費が重なります。学生時代の友人の結婚式、親戚の葬儀、そして10年近く使っていたエアコンの故障。立て続けの出費に、田中さんは1,000万円あったはずの貯金に手を付けざるを得ませんでした。

 

「ご祝儀や香典は削れませんし、真夏にエアコンなしでは生活できません。数十万円単位のお金が、あっという間に出ていきました。あれだけ心の支えだった貯金が、みるみる減っていくのを見て、言葉にできない恐怖を感じました。このペースで減り続けたら、数年で底をついてしまうのではないか、と」

 

経済的な不安は、精神的な余裕も奪っていきます。新しい職場は、確かに体は楽でした。しかし、仕事は誰にでもできる単調な入力作業ばかり。前職では、辛いながらも大きな契約をまとめた時の達成感や、部下を育て上げるやりがいがありました。今の職場には、それがありません。

 

「毎日、ただ時間が過ぎるのを待っているような感覚です。職場の人間関係も、良くも悪くもドライで、深い話をする相手もいません。前の職場では、理不尽な上司に共に立ち向かう同僚がいた。今は、本当の意味で孤独です。自分はいったい何のために、ここで働いているのだろうかと、虚しくなる時があります」

 

過酷な労働から逃れるために、収入を度外視して手に入れた平穏。しかし、経済的不自由と精神的閉塞感は、田中さんを新たな地獄へと引きずり込んでいきました。

 

環境を変えればすべてが解決する――そんな安易な考えが、いかに危険なものであったかを痛感する日々です。

 

「お金の余裕は、心の余裕に直結する。当たり前のことですが、そのことを本当の意味で理解していませんでした。今は、この厳しい現実を受け入れたうえで、どうすれば状況を好転させられるか、必死で考えています」

 

[参考資料]

金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[単身世帯調査]令和5年』

厚生労働省『令和2年転職者実態調査』

総務省統計局『家計調査 家計収支編 2024年平均』