(※写真はイメージです/PIXTA)
「うちに限って、まさか…」が生んだ争族の火種
「いい人生だったと思っています。主人と2人で力を合わせ、子どもたちにも不自由な思いはさせずに育て上げました。でもね、たったひとつだけ、後悔していることがあるんです」
その唯一の後悔とは、「夫の死後、すぐにでも子どもたちと資産についてきちんと話し合わなかったこと」でした。
「主人が亡くなった直後は、みんな悲しみにくれていて、とてもお金の話などできませんでした。少し落ち着いてからも、『うちの子どもたちは仲がいいから大丈夫』『まさか、うちが相続で揉めるなんて』、そう思って先延ばしにしてしまったんです」
そのことが現在の不安につながります。長男は「長男である自分が家を継ぐのだから、資産の大部分を相続するのが当然だ」と考えている節があり、長女は「法律に則って、きっちり平等に分けてほしい」と願っていることを、静子さんは最近の彼らの言動から感じ取っています。
良かれと思って保ってきた沈黙が、かえって子どもたちの疑心暗鬼や不公平感を生み、それぞれの配偶者の意見なども絡み合って、状況を複雑にしているようでした。
決定打となったのは、先月のある出来事です。静子さんの目の前で、二人が資産の分け方について、初めて口論めいた言葉を交わしたのです。その瞬間、静子さんは血の気が引く思いがしたといいます。
「主人が遺してくれたこの家や貯金は、もともと、この子たちの将来のためにと思って築いてきたものです。それが原因で、家族仲ににひびが入ってしまうなんて、考えもしませんでした。今となっては、何から話せばいいのか、どう切り出せばいいのか、もう分からないのです」
静子さんのような後悔をしないために、できることは、「終活」を通し、家族全員で未来の話をすること。相続の話というと身構えてしまいますが、「これからの我が家のことを、みんなで一度話しておかない?」といった形で、親が元気なうちに想いを伝える場を設けることが重要です。そこでは資産の額を伝えるだけでなく、「なぜこの資産を築いたのか」「家族に今後どう暮らしてほしいのか」という親の"想い"を共有することが、何よりの争続対策になります。
次に、その想いを法的な効力のある形で残す「遺言書」の作成です。自筆でも作成できますが、不備があると無効になる恐れもあるため、公証役場で作成する公正証書遺言が確実でしょう。財産の分け方を記すだけでなく、「付言事項」として家族への感謝や願いを綴ることで、単なる事務手続きではない、心のこもったメッセージとして遺すことができます。
株式会社ルリアンが行った『相続・終活に関する全国調査2025』によると、終活を行っているのは全体の21.2%。具体的な終活内容で最も多かったのが「物の整理・不用品の処分」(10.6%)、「遺言書作成」(4.7%)、「生前贈与など相続税対策」(4.5%)でした。
静子さんのように、すでに不安材料があったとしても、決して手遅れではありません。まずは勇気を出して想いを伝えること。それが、争族を生まないための第一歩になります。
【参考資料】
裁判所『令和4年 司法統計年報(家事編)』