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4,800万円の退職金…歓喜の妻と、絶望の夫
良子さんのなかで健一さんの定年退職は、苦しみの終わりを意味する「Xデー」となったのです。
そしてついにその日はやってきました。健一さんが60歳の誕生日を迎え、長年勤めた会社を定年退職。退職金は、事前の想定通り約4,800万円が口座に振り込まれました。健一さんが退職金の使い道に思いを巡らせているなか、良子さんは別の意味で浮かれていたといいます。
「この日のために、私は耐えてきたんだと思いました。夫にとっては長年の会社員生活へのご褒美だったのでしょうが、私にとっては、あの屈辱的な日々から解放されるための軍資金。そう思うと、自然と笑みがこぼれました」
その週末、良子さんは書き置きと離婚届を残し最低限の荷物だけを持って家を出ました。友人たちが協力して見つけてくれた、都内のマンションでの新生活の始まりです。一方、何も知らずに週末のゴルフから帰宅した健一さんは、リビングのテーブルに置かれた一枚の紙を見て愕然とします。妻の良子さんがいなくなっていること、そして「離婚届」という文字。何が起こったのかまったく理解ができませんでした。自分はすべて良かれと思っていた。世間知らずの妻が道を踏み外さないように自分が正しい道を示してきたと本気で信じていました。自分がしてきたことがモラハラに該当するという自覚は微塵もなかったのです。
離婚における財産分与では、婚姻期間中に夫婦が協力して築いた財産は「共有財産」とみなされます。夫の退職金も、妻の長年の貢献があってこそ得られたものとして、分与の対象となるのが一般的です。たとえ妻が専業主婦やパートであったとしても、その貢献度は原則として2分の1とされます。
また一定の条件を満たせば、婚姻期間中の厚生年金の年金納付記録を分割することも。予め手続きしておけば、年金を受給するようになったときに、分割した分も含めた納付記録に基づいて年金額が計算されます。
これまで自分が「支配」してきたと思っていた妻からの、突然の反撃。そして、人生の集大成ともいえる退職金の半分を失う可能性。すべてを悟った健一さんは、誰もいないリビングで、ただただ悲鳴をあげることしかできなかったといいます。
現在、離婚調停に向けて弁護士との相談を進めている良子さん。「ようやく、自分の人生を歩き出せる。今はその喜びでいっぱいです」と、晴れやかな表情をしています。
[参考資料]
内閣府男女共同参画局『男女間における暴力に関する調査報告書(令和2年度)』
法テラス『財産分与』