“沈黙の臓器”と呼ばれる肝臓は、痛みを感じないため異変が起きても気づくことが難しいとされています。アルコールを分解するほか、さまざまな働きをすることから体の化学工場とも言われる肝臓の重要性と注意点について、肥満・脂肪肝専門医である尾形哲氏の著書『専門医が教える 肝臓から脂肪を落とす食事術【増補改訂版】』(KADOKAWA)より、42歳女性の事例をもとにみていきましょう。
お酒は飲まないのになぜ…肝機能「E判定」を受けた42歳女性、医師から告げられた「まさか真実」に驚愕【専門医が解説】
肝臓は“沈黙の臓器”
「もう、手は外していいですよ」
そっと外した手に、肝臓のぬくもりだけは残った。
赤みが強い印象のとおり、肝臓は血流の多い臓器だそう。肝臓自身が働くための酸素を補給する「肝動脈」と、小腸や大腸から吸収した栄養素や毒素を含んだ血液を集める「門脈」という、肝臓にしかない血管系があるそうだ。肝臓は、驚異的な再生能力を持っていて、正常な肝臓なら手術で7割を切除しても3カ月で元の8〜9割の大きさに戻るとのことだった。
「肝臓の働きでご存じのことはありますか?」
「アルコールの分解……とか、でしょうか?」
「正解です。アルコールのほかに、薬物や毒物などの有害物質を無害な形に解毒したりもします」
肝臓は体をデトックスする臓器だと、何となく聞いたことがある。
「そのほか、肝臓にはいろいろな働きがあるのですが、吸収した栄養分を体内で使える形に分解したり、合成したりして作り替える臓器と言っていいでしょう。食事で取り込んだブドウ糖をグリコーゲンや中性脂肪に変えて貯蔵して、必要なときに再びブドウ糖に戻して放出させたり、脂肪の消化吸収を助ける胆汁を作ったりするなど、“体の化学工場”なんて言われる臓器なんです」
その肝臓が、私は悪いのか……? やっぱり、まだわからない。
「肝臓って、英語で何て言うかご存じですか?」
「レバーですか?」
「そうです。肝臓は英語で『liver』と書くように、『生命』そのものなんです。長々と前置きをしましたが、由美さんにお伝えしたかったのは、肝臓は代えがきかない大事な臓器だということなんです」
「それは何となくわかってきました」
「そして、肝臓は弱音を吐きません」
「えっと……。どういう意味でしょうか?」
「由美さんには何でも話せる、弱音を吐けるご家族や友人はいらっしゃいますか?」
うーん。なかなか難しい。
昔は親に何でも話すタイプだったけれど、さすがに結婚してから私のことで親に心配をかけたくないし。夫は仕事で忙しい毎日だし、休日もゴルフ三昧だ。娘に至っては、口ごたえが多くて会話にもならず……。友人たちにもそれぞれ家族があって気をつかってしまうし、パート仲間にちょっぴり家庭での愚痴を言える程度だ。
とはいえ、そこまで深入りしてほしいわけでもないから、ほんの最初の部分を「大変よー」と大げさに言ってみせているだけかもしれない。
「なかなか正直に話せる相手はいないので、我慢の連続です」
と、笑ってみせた。
「では、由美さんは肝臓の気持ちがよくわかる人ですね」
私の頭の中の混乱をすべて理解したように、先生は話を続けた。
「疲れとか、痛いとかっていう感覚は、体からの重要なサインです。でも、肝臓は壊れ続けていても痛みを訴えない。とても我慢強いんです。“沈黙の臓器”という異名を持つほど、耐えて耐えて。何らかの自覚症状が出るときには、かなり進行してしまっていることが多いんです」
このとき、肝臓は私の友人のような感覚になった。
〈先生からの処方箋〉
肝障害を放置しないで! ゆっくり進行するから、末期までほとんど無症状。
尾形 哲
長野県佐久市立国保浅間総合病院
外科部長/「スマート外来」担当医