高齢の親を持つ多くの家族にとって、老人ホームの利用はひとつの選択肢。費用を工面し、ようやく安住の地を見つけられたと安堵したのも束の間、思いもよらぬ理由で退去を求められることがあります。
話が違うじゃないか!〈年金月8万円〉79歳母、〈月17万円〉で入居した老人ホームから「出ていけ」とまさかの強制退去。家族会議は紛糾、母が流した涙 (※写真はイメージです/PIXTA)

「これ以上は預かれません」施設からの非情な通告

良子さんが老人ホームに入居してから、1年が過ぎた頃でした。美咲さんのスマートフォンに、施設から一本の電話が入ります。電話に出たのは施設長。どこか歯切れの悪い口調に、美咲さんは嫌な予感を覚えました。

 

「鈴木様の件ですが、最近、認知症の症状がかなり進行されておりまして……。夜中に大声を出されたり、他の入居者様の居室に入ってしまわれたりすることが続いています。スタッフも注意して見守っているのですが、マンパワーにも限界があり、これ以上は……」

 

事実上の退去勧告でした。契約時に交わした書類には、確かに「他の入居者の生活に著しい影響を及ぼす場合、契約を解除することがある」といった趣旨の一文があったことを、美咲さんは思い出しました。しかし、認知症に対応しているからこそ選んだのです。入居時には「認知症の方も多くいらっしゃいますからご安心ください」と言ってくれたのに――。

 

週末、再びきょうだいが美咲さんの家に集まりました。しかし、以前のような重苦しい雰囲気とは異なり、そこには刺々しい非難の空気が満ちていました。最初に口火を切ったのは、弟の浩さんです。

 

「話が違うじゃないか! お姉ちゃんが、ここなら大丈夫だって言ったんだろ!」

「そうだよ。ちゃんと調べたのか? もっと手厚い介護をしてくれるところもあったんじゃないのか?」

 

長男の徹さんも、責めるような口調で続きます。

 

「2人とも、昔から何かあると責任を押し付けるんです、私に。一生懸命探したんですよ。1人月3万円の負担で、24時間見てもらえる施設なんて、そう簡単に見つかりませんよ」

 

美咲さんは「あなたたちなんて、何もしてないじゃない!」と唇を震わせながら反論。家族会議は、いつしか醜い責任のなすりつけ合いへと変わっていました。そんななか、これまでソファの隅でぼんやりと虚空を見つめていた母・良子さんがふと顔をあげ、「みんな、けんかしないで……。ごめんねぇ……」と泣き出したのです。その言葉に、3人のきょうだいは、我に返りました。認知症が進み、子ども返りしたように見えていた母。しかし自分たちのいがみ合いを確かに感じ取り、傷ついていたようです。

 

介護負担に悩む家族にとって、老人ホームに入居できれば御の字です。しかし、老人ホームには「要介護度の変化」や「長期入院」、「迷惑行為」、「費用滞納」といった退去要件があることがほとんど。一度入居したら安心というわけではありません。今回のケースのように、「認知症対応可」の施設であっても、対応できる度合いは施設によって異なります。対応が難しいと判断された場合、退去勧告を受ける場合も珍しくはありません。見学の際に、「どのような場合に退去になるのか」、「認知症の症状悪化で退去になった事例はあるか」など、しっかりと確認しておくことが重要です。

 

[参考資料]
生命保険文化センター『2024年度 生命保険に関する全国実態調査(2人以上世帯)』