(※写真はイメージです/PIXTA)
想定外の事態、甘すぎた見通し
最初の異変は、退職から半年が過ぎた頃に訪れました。当てにしていた不動産収入に、陰りが見え始めたのです。
「私が所有していたアパートは、地方都市の駅から徒歩15分という立地。購入時に不動産業者から『利回りが高い優良物件です』と太鼓判を押されました」
しかし、長年住んでいた入居者が退去。これは想定内でしたが、問題は次の入居者が一向に決まらないことでした。周辺には駅近の新築アパートが次々と建設され、築20年の田中さんの物件は、すっかり競争力を失っていたのです。
日本賃貸住宅管理協会が公表している「日管協短観」を見ても、地方圏の空室率は首都圏に比べて高い傾向にあります。田中さんの物件があるエリアも例外ではなく、供給過多の状態に陥っていました。
「空室は1部屋にとどまりませんでした。立て続けに退去者が出て、半年後には8室中4室が空室という悲惨な状況です。家賃収入は、想定の半分以下にまで激減してしまいました」
田中さんは管理会社に何度も電話をかけましたが、「広告は出しているんですが、なかなか…家賃を下げないと厳しいかもしれません」という力ない返事が返ってくるだけでした。
追い打ちをかけるように、給湯器の故障や雨漏りなど、建物の老朽化に伴う修繕費が次々と発生します。その費用は数十万円単位で、虎の子の現金を切り崩して対応するしかありませんでした。
時を同じくして、株式市場も下落局面に突入。含み益はみるみる減少し、配当金も期待外れの結果に。年間400万円を見込んでいた不労所得は、200万円にも満たない状況となってしまったのです。
リビングで頭を抱える田中さんに、美咲さんは「だから言ったじゃない」と冷たい視線を送り、仕事に出かけたといいます。
「あなたとの将来、やっぱり不安だわ」
田中さんは生活費を補うため資産の一部である投資信託を売却し始めました。元本に手を付けてしまうことは、最も避けるべき事態。資産は加速度的に減少。1億円あった資産は8,000万円、6,000万円と、坂道を転げ落ちるように減っていきます。そして退職からわずか1年。田中さんは、再び働くことを決意します。しかし、56歳になる彼を正社員として雇ってくれる企業は、どこにもありません。
プライドを捨て、最後の望みをかけて電話をかけたのは、かつての部下であり、今や自分がいたポストに座る佐藤さんでした。
「すまない、俺を、またお前の会社で働かせてはもらえないだろうか。正社員でなくても構わない。契約社員でも、アルバイトでも…。時給でいいんだ。どうか、お願いできないだろうか?」
これが、1年前に同僚から盛大に送り出された、FIRE達成者の辿った末路です。「自分の計画の甘さと、世の中の厳しさを、骨の髄まで思い知らされました。本当に、私は愚かでした…」と肩を落とします。
[参考資料]
金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査](令和5年)』
公益財団法人日本賃貸住宅管理協会『日管協短観』