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憧れのFIRE生活、その輝きと現実
都内在住の田中健一さん(仮名・56歳)。ちょうど1年前、資産1億円を達成し、大学卒業から勤めていた会社を早期退職しました。いわゆる「FIRE(Financial Independence, Retire Early)」を成し遂げ、誰もが羨む自由な生活を手に入れたのです。しかし、その生活はわずか1年で崩れ去ります。一体、彼の身に何が起こったのでしょうか。
「あの頃の自分は、完全に有頂天になっていました。これで人生は安泰だと――」
1年前の送別会。後任の部長となる佐藤さんから「部長、本当にお辞めになるんですか。あと5年で定年じゃないですか」と寂しそうに声をかけられたとき、田中さんは満面の笑みでこう答えたといいます。
「これからは妻とふたりで、時間に縛られない自由な生活を楽しむよ」
田中さんの言う目標額とは1億円。20代から株式投資や投資信託を始め、コツコツと資産を積み上げてきました。特に50歳を過ぎてからは、早期退職制度の割増金もつぎ込み、目標達成へのラストスパートをかけたのです。
資産1億円の内訳は、現金・預金2,000万円、株式・投資信託5,000万円、そして地方都市に購入した3,000万円の中古アパート一棟から成り立つものでした。このアパートからの家賃収入と株式の配当金を合わせ、年間400万円以上の不労所得を見込んでいました。FIREのために必要な資金の目安は生活費の25倍といわれています。田中さんがそこから導き出したのが、不労所得400万円強、資産額1億円という目標でした。
金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査](令和5年)』によると、50代の金融資産保有世帯の平均資産額は1,611万円、中央値で745万円です。田中さんがクリアした金額がどれほどすごいかは一目瞭然です。
しかし、フリーランスで働いていた妻の美咲さん(仮名・54歳)は、当時から一抹の不安を覚えていたと田中さんは振り返ります。
「妻は何度も『仕事を辞める必要はないんじゃない?』『私は仕事を続けるわ』と言っていました。確かに、あと5年勤めたら、定年退職金を満額もらえる――しかし1年でも早くリタイアすることに意義を感じていましたし、自分の計画は完璧なはずだと、信じて疑わなかったのです」
退職後の数ヵ月は、まさに夢のようだったと語ります。夫婦で海外旅行へ行き、平日の昼間からゴルフを楽しむ。会社員時代の同僚たちが汗水たらして働いている時間に、自分は優雅に過ごしている。その優越感が、何より心を満足させました。しかし、その天国のような生活は、長くは続きませんでした。