自分への信頼は自分だけのものではない
当たり前の話ですが、美容医療という業界は、自分一人、自分のクリニック一つで構成されているものではありません。また自分が所属するクリニックも自分一人で成り立っているわけではありません。
今、私が得られている信頼は、聖心美容クリニックという存在なしには得られなかったはずです。聖心への信頼があるから自分という人間が信頼してもらえるという側面があるので、自分が所属している組織を信頼してもらえるかどうかは本当に大事です。組織のためにも個人がその信頼を裏切るような行為をしてはならないと強く感じます。
また、業界には同業他社も多数存在します。彼らはライバルではありますが、同時に貴重な仲間でもあります。特に業界の成り立ちの時期からともに日々を過ごしてきたようなところほど貴重な存在もありません。
私は2000年に聖心美容クリニックに入り、2004年から統括院長という役目を拝命しています。そして、2007年からは聖心を「オープンクリニック」にしようという命題を掲げてきました。オープンクリニックというのは、技術を広く共有する、という意味です。
京都大学の山中伸弥教授がノーベル賞を受賞されたのは2012年ですが、ヒトのiPS細胞の生成技術を開発されたのが2007年です。私もその年から再生医療に取り組み始め、「PRP療法(多血小板血漿療法)」という注入治療と脂肪幹細胞を使った豊胸手術という、2種類の再生医療に着手しました。
豊胸手術は脂肪吸引で取り出した脂肪から幹細胞を抽出し、別途抽出した脂肪と混ぜて胸に入れる豊胸術ですが、これにはアメリカで開発された「セリューション」という医療機器を用いました。再生治療を美容医療に取り入れた取り組みは、世界的に見ても意欲的な試みでした。
幹細胞の美容医療への応用は世界的に見ても学術的に大きなトピックだったので、日本国内はもとより、海外のクリニックからも手術の見学希望者が殺到しました。オープンクリニックを標榜していた私は、見学を希望される方々の申し出をすべて許可し、「セリューション」を使用した手術の一部始終を公開しました。
一般企業でも同じですが、通常、技術やノウハウは盗まれれば他社に顧客を奪われることにもなり、自分たちのメリットにはなりません。私もかつてはそう考えていたので、自分たちのノウハウを守らなければと長く思っていたのですが、オープンクリニックという概念を持ってからは考えを改めました。身元の確かな先生ならば、ほかのクリニックのドクターであっても聖心での手術見学を認めてきました。
一般的には、見学希望者に手術を公開する際に少なくない費用を徴収するクリニックもあります。ノウハウを見せるのだからお金を取るのは当然ということなのでしょう。それはもちろん一理あります。
しかし、私たちはセリューションに対しては費用をいただかないことにしました。セリューションを使った幹細胞治療がもっと普及していけばいいと思っていたからです。再生医療の是非は以前から論じられていましたが、初めてセリューションに触れたとき、私はこの新しい治療法はいずれ美容医療の主流の一つになるという確信にも似た予感を抱きました。
セリューションを使った豊胸手術をどこにも公開せず、自分たちで独占していたら私のクリニックは大いに潤ったでしょう。しかし、再生医療には素晴らしい可能性があり、その可能性を美容医療業界全体に広めなければならないと思った私には、オープンクリニックの実践や見学希望者に手術の一切を公開することに何の躊躇もありませんでした。自分の利益やクリニックの利益よりも、治療が普及して多くの人々にもたらされる効果のほうが大切だと思えばこその判断でした。
結果的に、この行動が海外各国のドクターおよび医療関係者との多くのご縁をつなぐことになりました。
