
悪気なき言葉が突き刺さる…年金選択が生んだ「残酷な差」
老後の生活を支える公的年金。その受け取り方の選択が、老後を大きく変えることがあります。特に、受給開始を遅らせることで月々の受給額を増やせる「繰下げ受給」は、長寿時代における有力な選択肢として注目されています。
田中正夫さん(仮名・71歳)。大学卒業以来、同じ会社で勤め上げた旧友、鈴木健介さん(仮名・71歳)と趣味の麻雀サークルの帰りにファミレスに立ち寄ったときのこと。昔話に花を咲かせる穏やかな時間のなかで、鈴木さんが実に楽しそうにこう切り出しました。
「最近は物価高がすごいだろ。年金を繰り下げておいてよかったよ」
鈴木さんは「年金が1.5倍に増えた」と嬉しそうに話します。一方、田中さんは65歳で仕事を辞めるのと同時に年金を請求。月17万円の年金でやりくりています。現役時代とは異なり、ローン返済も子どもの教育費の支払いもありません。年金だけで生活はできるものの、数年前と比べると支出が増え、貯蓄を取り崩さなければならないときも増えました。
鈴木さんは「この前、家族で北海道旅行に行ってきたんだ」と、鈴木さんはスマートフォンで楽しそうな旅行の写真を見せてきます。そこには、満面の笑みを浮かべる三世代の姿がありました。田中さんは「いいなあ」と相槌を打ちながら、自分の胸のうちを悟られないように、コーヒーカップに口をつけました。
「田中は、65歳から貰っているのか? 俺と同じくらいなら月17万円くらいか。それでやっていけるのか?」
鈴木さんの言葉に、悪気がないことは分かっています。しかし、その無邪気すぎる一言は、まるで自分の選択が間違いだったと突きつけられたかのよう。これまで意識しないようにしてきた「格差」という言葉が、頭の中をよぎります。同じ会社で、同じように働き、同じ時代を生きてきたはずの友人と自分との間に大きな差が生まれている――もちろん、鈴木さんは70歳まで働き、年金を受給してこなかった結果であることは理解しています。それでも、割り切れない感情が渦巻いていることを否定することはできませんでした。