充実した老後を送るための「終の棲家」として、有料老人ホームを選ぶことは有力な選択肢のひとつです。しかし、住み慣れた自宅からの環境変化が、時に心身へ予期せぬ影響をおよぼし、結果として大きな金銭的負担を強いられるケースも少なくありません。本記事ではAさんの事例とともに、高齢期の住み替えに潜むリスクと注意点について、FP1級の川淵ゆかり氏が解説します。
「年金32万円」「資産3億円」2人とも元国家公務員・代々資産家の80代お見合い夫婦、7,000万円で高級老人ホームに入居も…半年後、“高すぎる代償”を払って退居。原因は〈65年前の妻の恋人〉【FPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

「終の棲家」選びの大きな落とし穴

Aさんは、まだ売らずに残っていた自宅に帰り、夫婦2人の生活に戻りました。Aさんの妻はだいぶ落ち着きましたが、それでもときどき意味不明の言動が見受けられます。

 

ですが、“マサルさん”のことは、もうすっかり口に出さなくなったそうです。

 

「自宅に戻って安心したんでしょうか。かなり穏やかにはなりました。いまは私も元気だし、訪問介護などを利用して看てもらっていますが、将来どうするかは息子たちと相談して決めます。ただ、僕は“マサルさん”のことは知りたくなかったですがね」

 

老人ホームなどへの入居をきっかけに、認知症の症状が現れたり、進行が早まったりするケースは実際に報告されているそうです。ただし、これは「認知症になる」というよりも、潜在的な症状が顕在化する、あるいは軽度の認知機能低下が急激に悪化するという形が多いといわれています。

 

環境が変わることで、「ここはどこ?」「どうしてここにいるの?」といった混乱が起きやすく、不安や混乱が強まる、長年の生活習慣が変わって脳がストレスを受け、認知機能の低下を招くなどの事例もあるようです。また、馴染みの人や地域とのつながりが断たれることで、心理的ストレスが増大し、症状が進行することもあるとのこと。いきなりの転居ではなく、ショートステイで住環境に慣らしたり、スタッフとの信頼関係を築いていったりするなど、段階的な適応が効果的となるでしょう。

 

 

川淵 ゆかり

川淵ゆかり事務所

代表