(※写真はイメージです/PIXTA)
秘密のある家
Aさんは、55歳のパート勤めの主婦です。一人息子が大学を卒業して就職も決まり、58歳の夫と老後の暮らしについて相談しはじめたところでした。
Aさんには5歳年下の妹がいますが、嫁いで以降は年に数回顔を合わせる程度の付き合いです。Aさんの父親は10年ほど前に病気で亡くなり、その後は80歳になる母親が戸建ての実家に一人で暮らしていました。
近ごろの母はめっぽう足腰が弱くなり、先日も2階から降りてくる途中で階段を踏み外してしまい、腰を痛めてしまいます。これを機に、ほとんど外出しなくなり、人との接触も大きく減ったためか、話す内容も娘のAさんですら意味がわからないことが時たまあります。週に2回ほどデイサービスに通わせたり、たまにショートステイなどをさせたりしていましたが、最近は一人暮らしをさせておくには不安が大きくなりました。
そんな矢先のこと。驚いたことに、母のほうからAさんと妹を呼び出したのです。
「このままじゃ、あなたたちに迷惑をかけるだけだからね」そういうと母は、古い通帳や保険証券などをまとめた封筒をテーブルに置きました「私の年金は月12万円しかない。だから、私が施設に入ったらこの家を貸して、そのお金を足しにしてほしいの」。
しっかりとした口調の母に、Aさんと妹は顔を見合わせました。母は、Aさんが心配していることを見透かしていたのです。そればかりか、わずかなタンス預金まできれいに整理し、自らの意思で「終活」を進めていました。
あれよあれよという間に老人ホームへの入居手続きは進み、母がホームへ移る日。荷物を運び出し、がらんとした実家でAさんが母の手を握ると、母は一瞬、昔のしっかりした母親の顔に戻り、Aさんの耳元でこう囁きました。
「例の件、よろしくね」
その言葉が、確かな意志に基づくものなのか、それとも最近の物忘れの一環なのか、Aさんには判断がつきません。ただ、母のその一言はこれから始まる問題の序章に過ぎませんでした。そう、この実家には、母が託した「例の件」に関わる大きな問題があって……。