充実した老後を送るための「終の棲家」として、有料老人ホームを選ぶことは有力な選択肢のひとつです。しかし、住み慣れた自宅からの環境変化が、時に心身へ予期せぬ影響をおよぼし、結果として大きな金銭的負担を強いられるケースも少なくありません。本記事ではAさんの事例とともに、高齢期の住み替えに潜むリスクと注意点について、FP1級の川淵ゆかり氏が解説します。
「年金32万円」「資産3億円」2人とも元国家公務員・代々資産家の80代お見合い夫婦、7,000万円で高級老人ホームに入居も…半年後、“高すぎる代償”を払って退居。原因は〈65年前の妻の恋人〉【FPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

夫も知らなかった妻の“秘密”

妻は次第に元気がなくなり、落ち着かなくなってきました。「家に帰りたい」と突然泣き出すことも。夫が話しかけても沈みがちです。医師の診察では、環境が変わったせいだろう、とのことで、散歩や買い物など外に出て気分を変えることも勧められました。

 

そんななか、入居して3ヵ月も過ぎたころ、新しい介護スタッフが数人入ってきました。若い男性スタッフの一人をみるや否や、Aさんの妻は突然「マサルさん!」と叫びだし、急においおいと泣きだしてしまいました。

 

Aさんだけでなく、当然“マサルさん”ではないその若い男性スタッフもビックリ。

 

「僕はマサルではないし、奥様にお目にかかったことはございません」といいます。

 

Aさんにも“マサルさん”は心当たりがありません。

 

しかしその後、Aさんやスタッフの心配をよそに、Aさんの妻は化粧に力を入れだしたり、“マサルさん”を探し回ったり、追い回したりと人が変わったようになってしまいました。部屋で2人きりになったときも妻は物思いにふけってしまい、Aさんが話しかけても知らん顔をするようになりました。

 

「僕はマサルさんじゃありませんよ」と男性スタッフに何度いわれても、妻は“マサルさん”の手を握って離そうとしなかったり泣き出したりといった始末です。

 

スタッフにも迷惑がかかるようになったため、Aさんは妻の妹に相談をします。

 

まもなく80歳になろうとする妹さんはわざわざホームまで来てくれて、“マサルさん”の顔を確認すると、「あぁ、たしかにマサルさんにそっくりだわ」とつぶやきました。

 

「姉は18歳のころに、家に下宿していた大学生と恋仲になったんですよ。その大学生にあの人はそっくりですよ。当時はどちらも学生だったでしょ。家柄も違うということで、父親から猛反対にあったんです。お義兄さんにはいいにくいんですが、一時は駆け落ちも考えたみたいで。そのうちマサルさんは家からも追い出されてしまったんです。姉は思い込みが激しいというか、一途というか、その後もしばらくは大変だったんですよ。いまは18歳のころに戻ってしまったんですかね」

 

その後、“マサルさん”に確認しましたが、ただ似ているだけでやはり妻の初恋の人とは無関係のようでした。