(※写真はイメージです/PIXTA)
退職金5,000万円では埋められない「心の溝」
どこかくすぶった気持ちがあったものの、最終的に「離婚」を決断したのは、やはり「介護」が一番だといいます。
「そう遠くない将来、夫の介護をしている自分がはっきりとみえたんです。もういやだ、今の環境から逃げ出したい――そう思うようになったんです」
「さようなら」と言い残し、優子さんは出ていきました。ひとりになり、がらんとした家で正雄さんは初めて優子さんが残していった手帳の存在に気が付きます。そこに綴られていたのは、正雄さんの想像を絶する、地獄のような日々の記録でした。
「今日も下の世話で一日が終わる。お義母さんから『あんたは気が利かない』と罵られた。夫に電話しても『頑張ってくれ』だけ。誰にもわかってもらえない」
「親戚の集まり。みんな私の前では『ご苦労様』と言うけれど、誰も手を貸そうとはしない。『長男の嫁だから当然』という空気が重い」
日記は、夫への悲痛な問いかけで締めくくられていました。
「あなたは、私がどんな思いであなたのお母さんの手を握り、下の世話をしていたか、一度でも想像したことがありますか?」
正雄さんは言葉を失いました。自分は、妻の犠牲の上に胡座をかき、感謝の言葉だけで責任を果たした気になっていたのです。「妻」という一面は知っていても、「長男の嫁」という立場に苦しむ優子さんを見ようともしなかった正雄さん。退職金5,000万円という大金も、優子さんが失った25年近い歳月の前には、何の意味も持ちませんでした。長年耐え続けた孤独と絶望に気づかなかった自分こそが、離婚の元凶だった――その事実に、この期に及んでようやくたどり着いたのです。
しかし、時すでに遅し。離婚は成立し、退職金の半分以上が財産分与と慰謝料として優子さんに渡りました。しかし失ったのは、お金だけではありません。かけがえのないパートナーと、長年積み上げてきたはずの信頼でした。
[参考資料]
総務省統計局『令和3年社会生活基本調査』