たかだか5年10年では“何もわからない”
――サイコロゲームのように、投資には無くせない不確実性がある。
この前提に立てば、もう一つ重要な示唆がみえてきます。
それは、たかだか5年や10年のリターンを見て投資判断を下すのは、理にかなっていないかもしれないということです。とりわけ、昨今の“米国株一強”を礼賛する風潮には、少し冷静さを取り戻したいと考える人も多いでしょう。
たしかに、過去10年の米国株は目を見張るほどの好成績を収めました。しかし、100年のデータですら不十分かもしれないこの世界で、たった10年の好調ぶりをもって「やはり米国株が最強だ」と断じるのは、あまりに早計です。
サイコロゲームを1000年分シミュレーションすれば、今回の実験においては最長で16年連続プラスになる期間もあれば、5年連続マイナスになる期間もありました。私たちが今この瞬間に見ている“世界の景色”が、このシミュレーションでいうところのどの時期に該当しているのか──それは誰にもわかりません。
言い変えれば、10年程度の好調なデータが「真の分布」を反映しているとは限らないということです。直近の短い観測をもって確信してしまうのは、まるでカジノのルーレットで直近30回中20回赤が出たからといって「このルーレットは赤が66%出る」と本気で信じ込むようなものです。
冷静に考えれば、いかさまのないルーレットでは赤と黒は大体50%ずつのはず。統計的に意味のある推論をするには、それなりのサンプル数が必要であり、10年程度のデータではまるで足りません。
他にも「過去の暴落の前には必ずこのサインが出ていた」類の話にも注意しましょう。過去の暴落、いったい何度経験したのでしょうか。すべてがすべてではありませんが、世の中の“相場を読む話”には、単純にサンプル数が少なかっただけ、のようなことは数え切れないほどあります。
当てに行くより、ゆったり構える投資を
投資を考えるうえでは、つねに謙虚な姿勢が求められます。数年続いた好成績や一時的な損失に一喜一憂せず、「今はたまたまそういう時期なのかもしれない」と受け止めることが大切です。
そして、相場を読み切れると思わないこと。直近数年の動きで確信しないこと。今回示したサイコロゲームレベルの「不確実性は残ってしまうこと」を前提に、リスクの大きさをコントロールしましょう。
投資の罠は「一番」を狙うことです。一番良い投資先を探す、一番良いタイミングを追求する、一番良い結果を目指す……これらの行動はあたかもサイコロの目を当てに行こうとしていることを忘れないでください。
世の中には「だから私はサイコロの目を当てられた」という人が絶えませんが、「そりゃサイコロを振ってれば誰かはそうなるよね」くらいに考えましょう。泰然自若と構えていられるほうが、長く続けるにはちょうどいいと思います。
哲学のある投資をしよう
では結局どうすれば良いのか。資産運用を長く続けるには、自分なりの投資哲学を持って行動することが大切だと考えます。
たとえば、私たちsustenキャピタルが掲げるのは「投資は科学である」という哲学です。
このシリーズではさんざん、「効率的市場仮説(EMH)に基づけば……」とか「資本資産価格モデル(CAPM)が正しければ……」と書いてきてはいますが、私たちの哲学ではそれらの理論はかなり有用性が高いと評価しつつも、必ずしも現実にはそぐわないと考えています。
市場は常に効率的とは限らず、古典的な価格モデルが常に正しいわけでもありません。だからといって、勘やひらめきに頼った判断をするのではなく、長期的に検証可能なデータに基づいて、一貫性のある戦略を立てる。仮説と検証を繰り返し続け、統計的に評価できる判断を実行しつづける。
それが私たちの哲学です。
岡野 大
株式会社sustenキャピタル・マネジメント
代表取締役/最高経営責任者 CEO