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「医療行為はできません」…突然の「退去宣告」に頭の中が真っ白
医師からは「まずは食事療法と運動で様子をみていきましょう」といわれ、施設側も対応してくれるとのこと。美咲さんはひとまず胸をなでおろしました。しかし、幸子さんの病状は食事療法だけでは改善することはなく、数ヵ月後、医師はインスリン注射の導入を決定します。
幸子さん自身、少しずつ物忘れも進んでおり、自分で血糖値を測定し、毎日決まった時間にインスリンを自己注射するのは困難でした。当然、美咲さんは施設の看護師が対応してくれるものだと考えていました。しかし再び施設から美咲さんに「今週末、施設にお越しいただきたい」と連絡が入りました。そしてその週の土曜日、施設に向かった美咲さんを待っていたのは、想定外の「宣告」だったのです。
「単刀直入に申し上げます。幸子さんですが、このまま当施設で生活を続けていただくことは困難です」。施設長は、申し訳なさそうに、しかしきっぱりとそう告げました。
「えっ……どういう、ことですか?」。言葉の意味が理解できず、美咲さんは呆然とします。 「インスリン注射は医療行為にあたります。当施設には看護師は日中しかおりません。24時間体制で医療行為が必要な方を受け入れる体制にはなっていないのです。大変心苦しいのですが、退去していただくほかありません」
「退去? そんな、契約の時には何も……」絶句する美咲さんに、施設長は「契約書にも記載の通り……」と繰り返すばかりでした。確かに、小さな文字で書かれた契約書には「常時の医療的管理が必要な状態になった場合は、契約を解除することがある」といった趣旨の一文がありました。しかし、インスリン注射が該当するとは……。
厚生労働省の資料によると、有料老人ホーム1万6,543棟のうち、介護付き有料老人ホームは4,464棟。介護付き有料老人ホームにおける看護職員の配置は、日中は常駐が義務ですが、夜間は配置義務はありません。そのため、幸子さんのように24時間体制で医療行為が必要な場合などは、退去要件に該当することも珍しくないのです。
ほかに老人ホームの退去要件となる可能性が高い医療行為としては、経管栄養やストーマ管理、人工透析、たん吸引、点滴など。また長期入院となった場合、施設では対応できないと判断され、退去を求められることがあります。退去勧告を受けても納得できない場合は弁護士等に相談するのも手ですが、幸子さんにとって医療体制が万全ではないホームにいても、不安が募るばかり。退去を受け入れるしかありません。
「ここなら大丈夫」とふたりで太鼓判を押したホームを強制退去となった幸子さん。不安と絶望で真っ白になったといいます。幸いなことに、ケアマネージャーからインスリン注射に対応するホームを紹介してもらい、比較的スムーズに転居が決定。ただ、ホームで仲良くなった友人との別れはツラいものだったといいます。
[参考資料]
厚生労働省 有料老人ホームにおける 望ましいサービス提供のあり方 に関する検討会(第1回)資料3『有料老人ホームの現状と課題・論点について』