「もう無理なの…」義母が見せた涙と、ひた隠しにしてきた現実
昼食を終え、二人でお茶を飲んでいた時でした。千代さんが急に黙り込んだので、その顔を覗き込んだ良子さん。すると「……ごめんね」とつぶやき、千代さんの目からは大粒の涙がこぼれ落ちました。
「ごめんね…もう、無理なの」
嗚咽を漏らしながら、千代さんはテーブルに突っ伏してしまいました。あまりに突然の出来事に、良子さんは言葉を失います。いつも凛としている義母が、声を上げて泣いている。その姿に、良子さんはかける言葉も見つかりません。しばらくして、少し落ち着きを取り戻した千代さんは、途切れ途切れに、今までひた隠しにしてきた現実を語り始めました。
「年金だけじゃ、もう生活が苦しくて……」
専業主婦だった千代さんの年金は月7万円ほど。義父は自営業だったので、遺族年金はなし。貯蓄を取り崩しながらの生活のなか物価高騰が直撃し、生活を圧迫します。特に光熱費の上昇は、年金生活者の家計を直接圧迫します。それに加え、築50年を超える持ち家の修繕費、自身の医療費や薬代、さらには冠婚葬祭などの急な出費。手元に残っているお金は、ほんのわずかでした。節約のために、食事の品数を減らし、好きだった果物を買うのも我慢するようになったといいます。
問題はお金だけではありませんでした。
「実は最近、もの忘れがひどくなったなって。それでお医者さんに行ったら、初期の認知症だって」
認知症の有病率は、70代後半で13.6％だったのが、80代前半で21.8％、80代後半で41.4％、90代前半で61.0％と、年齢とともに上昇していきます。また今後、認知症患者は増加の一途を辿り、2030年には750万～830万人、2040年には800万～950万人ほどになると推計されています（首相官邸ホームページより）。
気丈に振る舞いながらも、内心では「老いの限界」に怯え、孤独と不安のなかで日々を過ごしていた義母。そして、涙ながら1つの願いを語ります。
「家族との思い出が詰まったこの家で、もう少しいたいの。できれば最期まで暮らしたい。でも和夫が知ったら心配して、施設に入ってくれと言うと思うの。だから、今日聞いたことは、秘密にしておいて」
日本財団が行った『人生の最期の迎え方に関する全国調査』によると、人生の最期を迎えたい場所として58.8％が「自宅」と回答。その理由として「自分らしくいられる」「住み慣れているから」などが挙がりました。一方で避けたい場所として34.4％が「介護施設」と答えています。
どうするのか正解か、すぐに答えを出すことのできない良子さん。まず出来ることは、もっと頻繁に顔を見に来ること。
「お義母さんには申し訳ないですが、夫に内緒にし続けることはできないですよね。きちんと話し合い、お義母さんが安心して暮らし続けられる方法を一緒に探していきたいと考えています」
［参考資料］
日本財団『人生の最期の迎え方に関する全国調査』
