
息子も知らない、気丈な義母の「小さな異変」
「良子さん、遠いところよく来てくれたね。さ、お上がりなさい」
都内から車で1時間半。夫の故郷で1人で暮らす義母・高橋千代さん(仮名・82歳)を訪ねた良子さん(仮名・55歳)。夫の和夫さん(仮名・55歳)はあいにく仕事の都合がつかず、1人での訪問です。
10年前に義父が亡くなってから、千代さんは義実家で1人暮らしを続けています。高血圧の持病はあるものの、足腰はしっかりしており、近所の友人とお茶をしたり、趣味の家庭菜園を楽しんだりと、悠々自適な1人暮らしを送っている――息子である和夫さんも、そして嫁の良子さんも、そう、見えていました。
「お母さん、変わりない? 顔色も良さそうで安心したわ」
「あら、変わりないのが取り柄よ。さっきまで畑にいたの。トマトがね、今年もたくさん実をつけたのよ」
良子さんが持ってきた和菓子とお茶を楽しみながら、他愛もない会話が弾みます。1、2ヵ月に一度、千代さんの様子を伺いに義実家を訪問する――3年ほど前からの恒例になっていました。千代さんの話すことはいつもと同じ。野菜の成長、ご近所さんの噂話、テレビで見た健康法。その一つひとつに、良子さんは相槌を打ちながらも、胸の内で小さな違和感を覚えていました。
以前は手入れの行き届いていた庭の隅に、雑草が目立つこと。いつもピカピカに磨かれていた廊下に、うっすらと埃が積もっていること。そして何より、目の前で笑う千代さんの腕が、以前よりもずっと細くなっているように見えたのです。
高齢になれば、少しずつ掃除が行き届かなくなったり、食が細くなったりするのは当然のことかもしれない。良子さんはそう思い直し、気になった点を口には出しませんでした。それは、いつも「大丈夫、平気よ」と笑う、気丈な義母への配慮でもありました。