十分な退職金に年金、そしてローン完済済みの持ち家。これだけの条件が揃っていれば、誰もが安泰な老後を思い描くはず。しかし、その盤石に見えるライフプランが一気に崩れる「想定外のコスト」が存在します。
俺の退職金3,000万円が…66歳元銀行員〈年金月21万円〉でも老後破産に震える。家族のために尽くした男を襲う「想定外の出費」の恐るべき連鎖 (※写真はイメージです/PIXTA)

「家族」という名の想定外のコスト

田中さんの退職金が想定外のスピードで減っていった最大の原因。それは、「家族」のための出費でした。

 

退職して半年が経った頃、独立して個人で事業を営んでいた長男(38歳)から、深刻な顔で相談を持ちかけられました。「事業がうまくいっていない。このままだと、一家が路頭に迷ってしまう。どうか、一時的に資金を援助してくれないか」。真面目に働く長男の苦境を見過ごすことはできませんでした。「今回だけだぞ」と念を押し、田中さんは500万円を振り込みました。可愛い孫の顔が頭に浮かびました。家族のためだ、仕方がない――そう自分に言い聞かせたのです。

 

しかし、一度緩んだ蛇口は、なかなか締まりません。その数ヵ月後には、離婚したという長女(35歳)が「新しいアパートの初期費用と、当面の生活費が足りない」と泣きついてきました。シングルマザーとして奮闘する娘を前に、田中さんは首を縦に振るしかありませんでした。このときの出費が200万円です。

 

家族からの「助けて」というサインは、誰もが無下にはできないもの。子、そして孫の幸せを願う親心は、時に自身の生活設計を脅かす諸刃の剣にもなりえます。厚生労働省『令和4年 国民生活基礎調査』によると、「子に仕送りをしている」世帯の割合は60代世帯では2.9%で平均10.1万円、70代世帯では1.6%で平均8.3万円です。

 

子を(表立って)金銭的支援をしている人たちはかなりの少数派ではありますが、毎月10万円、余分な出費が続いたら……老後資金は急速に減っていくでしょう。

 

さらに田中さんを追い詰めたのが、自身の母親の介護費用でした。施設に入居していた母親の月々の費用は、自己負担分だけでも15万円。これは年金から何とか捻出していましたが、昨年末に体調を崩して入院。その医療費や差額ベッド代などで、一時的に100万円近い出費が必要になりました。これもまた、「家族のため」の避けられない出費でした。

 

長男や長女への援助、母親の入院費用……短期間で「家族」のための出費が重なり、老後資金は大きく目減りしました。これらはすべて、退職後のライフプランにはまったく織り込まれていなかった「想定外の出費」です。「家族のために尽くしてきた人生だった。その家族のせいで、自分たちの老後がこんなにも不安定になるなんて……」。田中さんは誰にも言えない本音を、ため息とともに吐き出します。

 

手厚い退職金と、月20万円を超える年金。客観的に見れば恵まれているはずの自身の状況が、なぜこれほどまでに苦しいのか。その残酷な正体は、自身が最も大切にしてきたはずの「家族」そのものだったのです。

 

老後における「家族リスク」。どれだけ冷静に、そして客観的に見積ることができるか。また、大切な家族とはいえ、どこかで一線を引く勇気。それが、穏やかな老後を送れるかどうかの分水嶺となるのかもしれません。

 

[参考資料]

公益財団法人生命保険文化センター『2022(令和4)年度 生活保障に関する調査』

厚生労働省『令和4年 国民生活基礎調査』